聖都物語 試編20 ンクララの変装
市場に近い通りを歩いていると、殺気だったさむらいの一団が駆けていった。
慌てて避けようとする街人を突き飛ばしながら走りさる彼らの頭上には、真っ赤なとげを何本も立てた小さな神がくっついている。
ラッハ・マク! ああいうのには関わらないのに限る。
僕は竹囲いの影で彼らが完全に行き過ぎるのを待ってから再び歩き出した。
と。
「ンクララ様!」
路地の門を出てきた見知った姿。
ところが声をかけられた方は、僕の予想に反して悲鳴をあげて飛びあがった。
「ひゃあああっ! ひっ、人違いですよっ!」
え、人違い? 僕は眼を細めてあらためてその人物を見たのだが……
「私は単なる町娘……あなたが探しているような……あ、あら、ヌアット様」
両手をばたばたさせながら言い訳していたンクララさまは、声をかけた相手が僕だとわかると安心した顔で笑顔を浮かべた。
「ちょっと変装などしてみたんですが……」
そのあとふたりで連れだって歩きながら、残念そうにンクララ様はつぶやいたものだ。
「変装、ですか?」
「はい。服や髪などだいぶいじってみたのですけれど……うまくいかなかったみたいですね」
ンクララ様の言葉に僕はあいまいにうなずいた。
なにしろ、僕の目では肩が触れそうなくらいの近さで始めて、彼女の服がいつもと違うことくらいしかわからないのである。
「一応、家の者たちの目はくらませられたと思ったのですけど……ヌアット様はさすがですね、一目で私を見分けておしまいになるなんて」
「あははは、ははははは」
笑うしかない。
いまさら「ほら、僕、目が悪いから、よく見えてないだけなんですよ」とは言い出しづらい。
まして、角から出てきたンクララ様が、そのりんかくだけしか見えていなかったなんて。
どんなにぼんやりしか見えていなくとも、あの大きくて豊かに揺れる胸を見間違うはずがないんなんて。
言えないよなあ。
おしまい
※『聖都物語・試編』についての詳しいこと、そのほかのお話についてはこちらの「おはなしを読む」からどうぞ。

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