「さよならは言わないよ」 「俺もだ」





  こちらは HN:やや矢野屋 による
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  「宇宙戦艦ヤマト」がメイン 他に「マイマイ新子と千年の魔法」など

2009/11/6

「イデオン」雑感  レビュー

前回はキャラクターデザインについて述べたので、今度はその他の要素について。


放映当初より、「嫌味なキャラに救いのないストーリー」との評判が高い作品だった(汗)
味方、というか、同じ船に乗り合わせた者同士がこれだけ互いを非難して角つき合わせるアニメもなかったのではないか。
ただ、当時視聴者だった私はなぜか、その「角つき合わせる姿」に共感し、宇宙規模で破滅していく二つの人類の物語にカタルシスを得ていた。
おそらくそれは、この物語が単なる「無理解と不寛容」を描いたのではなく、「魂の受容と共感」を形にしているからではないかと思う。
悪の組織や侵略者ではなく、地球人とまったく同じ欲望や怨念に突き動かされる存在としての敵異星人・バッフクランとの不幸な接触を通じ、相互理解の可能性や、それを潰えさせるものが何かを確かめていく。
それが、「イデオン」というドラマを体験することの意味だった。
大きな運命の流れの中で、あるいはささやかな生活の中で、人は次第に人を受け入れていく。さらに、そうした個々の人間のささやかな営みを押し潰していく、人間の「業」というもの。
それらが視聴者の眼前に繰り広げられていく「イデオン」は、まさに脂ののっている時期の富野由悠季監督が渾身の力を注いで作り上げた、見事な群像劇である。


さて、「イデオン」登場キャラには、全アニメの中でも一、二を争う「私的ベストカップル」が存在する。
ソロシップのリーダー、ジョーダン・ベスのあとにイデオンBメカのパイロットとなるファトム・モエラと、ソロシップの看護婦ファム・ラポーである。
モエラは一応正規の軍人であるが、本人曰く「(パイロットといっても)オレは補欠だったんだよ!」(主人公のコスモに「自慢になるかね」と返されていた・汗)
また、これも本人談だが、小さい頃はメソメソグズグズした子供だったらしい。
顔つきはどこから見ても純然たるモンゴロイド、きっと中国内陸部の少数民族で口減らしのために軍隊に入ったんじゃないか……とか、いろいろと想像をかき立てるキャラである(汗笑)
そのパッとしない彼が、やはり地味キャラながら自分の職務をしっかり務め、なおかつ小さな子供達に理解と受容の精神(ラポート、これが名前の由来かな?)で接するラポーと交流を持ち、「オレの人生捨てたもんじゃないかも?!」と希望を抱くのだが……その直後に戦死してしまうのが「イデオン」という物語(泣)
「特別な人との出逢いは、特別な人間にだけ訪れるのではない、誰だって、自分なりに大切にしたい人に出会い、関係を育てていくことができるんだ」―――そんなことを感じさせてくれるエピソードは、それまでのテレビアニメの中では、なかなかお目にかかれなかったように思う。
「イデオン」は、モエラとラポーのエピソード以外にも、作中でこうした「人としての感情の営み」をきちんと描いていた。
だからこそ、彼らが織りなす悲劇を我が事のように受け止められたのだろう。
思春期前期に「ヤマト」に出会ったことと同じくらい、思春期の終わりという時期に「イデオン」を鑑賞できたのは、作品の「キモ」の部分を理解する上で、たいへん幸運だったのだと思う。


続いては「イデオン」の音楽について。
作曲のすぎやまこういち氏をメインに、あかのたちお・神山純一両氏が(劇場版では小六禮次郎氏も)一部編曲を手がけている。
特にTVシリーズのサントラ1枚目は非常にハイレベルであり、個人的にはヤマト第一作と並んで「TVアニメ音楽の両横綱」だと思っている。
サントラの一曲目に収録されているエンディングテーマ「コスモスに君と」は様々な論評がなされているが、歌詞については「タブーに踏み込んでるな」とは思うものの、それほど深いとは思わない。
むしろ、「トミノ節」が強すぎて、かえって浅い気がしないでもない。
ただ、厭世観やニヒリズムに首を突っ込んだ若いモンの「気分」を掬い取るのは巧いよなあ、と。
「じゃあ嫌いなのか」というと、好きなんです、実は(汗笑)
この「イカニモ物がわかったような青クサい感じ」がいいんですよ!エライ人にはそれがワカランの(略)
しかし、その青クサさを包み込むかのような滋味に満ちたメロディーには、ただ胸を打たれるばかり。
戸田恵子さんの歌唱も、バックの演奏もすばらしい。
羽田氏のピアノはさすがにエモーショナルであり、またドラムも弦も非常に演奏力が高い。
アレンジがまた3コーラスの世界をきっちり構築していて、何度聴いても飽きることがない。


劇伴音楽も、宮川泰氏のヤマトとは好対照。
ヤマトに「勇壮なマイナーコード」の印象があるとしたら、イデオンは「哀切なメジャーコード」。
ヤマトがロマン派ならば、イデオンは印象派。
ヤマトに良質のジャズテイストがあれば、イデオンにはロックのドライブ感。
アンサンブルやセッションの妙で聴かせる音楽が多いのも、イデオンBGMの特徴であろう。
ソロシップ船内の日常描写シーンでよく使われた「チルドレン」という曲は、途中のパートにザイロフォンやバイオリンが挿入される以外、ほぼ全曲がクラリネットやフルート、ファゴット等の木管楽器で演奏される。
これがまさに「人の息遣い」といった感じでとてもいい。
「発動」や「デス・ファイト」といったアップテンポの曲では、羽田氏のピアノがとにかく凄い。
とてつもない躍動感があり、唯一無二の音色と超絶なテクニックを遺憾なく発揮している。


すぎやま氏の作曲について述べるならば、何よりも「音によって一つの世界を顕現しようという意志」が溢れている。
音楽によって、誰も見たことのない世界を、誰も到達したことのない物語を示そうという意志が。
劇場版「発動編」のラスト近く、バッフクランの最終兵器・ガンドロワがその全貌を顕わにするシーンに流れる「コスモスへ」を聴いた時には、「ああ、とうとうこんなところにまで来てしまったんだ…」というショックを感じた。
とても静かで情感に満ちた曲であり、巨大兵器のイメージにはそぐわないのだが、そのことが逆説的にガンドロワの恐ろしさ、それを作らしめた人間の業の深さに思いを至らせる。
迫力ある映像に迫力ある音楽を付けるのは簡単だが(暴言スミマセン)、イデオンが凄いのはこういうところではないかと。
すぎやま氏の曲も素晴らしいが、富野監督のセンスも大変なものだった。
発動編終曲の「カンタータ・オルビス」は、羽田健太郎氏の「交響曲宇宙戦艦ヤマト」と並んで、アニメ音楽の一つの到達点であると思う。


最後になってしまったが、主題歌「復活のイデオン」。
水木一郎氏に代表される「ド迫力絶叫系」が多いロボットアニメの中にあっては、かなり地味なテーマソングである。
アニソンとしての評価もさほど高くないのではないか(たぶん)。
が。一度、一人っきりになれる場所で思う存分歌ってみることをお勧めする。
すんごいキモチイーです、この歌。
「ここで声を響かせたい!」とか「音を伸ばしたい!」と思うところで、何とも気持ちよく声が出せる。
まあ、多少はキーを変えないといけないが、無理な発声する必要がまるで無い。
起伏とニュアンスに富んだメロディーラインといい、メジャー→マイナー→メジャーというよく考えたら非常にトリッキーなコード進行といい、やはりすぎやま氏はスゴイ!としか。


「イデオン」の音楽集は、1枚目のサントラ以外のCDが長らく絶版状態にあり、名曲にもかかわらず手に入れにくい状態であったが、今年8月に4枚組ボックスの「総音楽集」として再販された。
まさに「快挙」である。
これだけ充実した収録内容でこの値段は格安でもあり、是非とも御一聴をお勧めする。





1枚目サントラ。こちらも名盤。





DVDは在庫切れらしい………中古がいくつかあるみたいですが。




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