2018/3/25  0:14

阿倍山田道から 三輪の夕景  


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明日香 山田寺跡

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山田寺跡 回廊の礎石

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阿倍 花桃とサンシュユ

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三輪 恵比須神社 桜

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三輪 二上山の落日


またまた、ご無沙汰!  おいやんでございます。   (^ω^)

今年は各地で、桜の開花がかなり早くなってますね。  そんな開花の便りが聞かれる中、先日は明日香の ”阿倍山田道” から三輪まで、古代史を探訪して来ました。

阿倍山田道は、推古天皇16年(608年)隋の遣使である ”文林郎 裴世清” を迎える為に、時の大和朝廷が民衆を総動員して、桜井の阿倍から飛鳥の小墾田宮まで、約1ヶ月の突貫工事で完成させた道路でありんす。

大和朝廷にして見れば、国の威信を掛けた道路建設であって、隋にも劣らぬ国力を見せる狙いもあったとされています。

現在の道路は、自動車が飛ばしながら行き交う風情の無い道ですが、山田寺跡の付近に一部だけ、旧道が名残を残しています。


三輪から見る二上山は、古代には ”黄泉の国” の入り口とされていて、所謂死者を葬る地でもあったのです。

展望台に立って夕日を眺めながら、暫しおいやんは悲劇の皇子 ”大津皇子” に、思いを巡らせておりました。


”うつそみの ひとなるわれやあすよりは 二上山を弟背とわがみむ”  大来皇女


それでは、また。   (=゚ω゚)ノ


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