2018/8/5  12:10 | 投稿者: 管理人

盆が来ると
父はこんな話をした。

戦争後の 広島駅 呉駅 広の港のこと、 
原爆の事、話を聞いて 次の代を生きるわたしは何を考えるか。
それは わたしの考えにまかせるしかないと言った。

広島原爆後 復興10年、お祭りに小さい弟とわたしは広島に行った。
家族で一緒に行きたいと言ったわたしに、
父母は行かなかった。

できたての広島平和記念資料館を見た。

100メートル道路を歩いた。お化け屋敷に入った。
叔母ちゃんにしがみついて、怖かった事だけ覚えている。

木枠を囲った 座敷が作られていて、
寄席 落語が来ていた。
「おーい 人が溺れているよ。男か女か。
男だ」、、、 
男なら溺れてもいい 女だったら助けに行くというような話だった。

見せ物の子ざるが来ていた。猿はラッキョをもらった。
猿は器用に皮をむいて、皮をむいて また皮をむいた。
芸をするでもない ただ檻の中に汚れた猿がいた。

出店が並んでいた。
自分のためにピンクの電気スタンドを買った。

100メートル道路を歩いて 出店がなくなり ただの空き地が広がったところで足を止めた もうこれ以上行っても何にも無いだろうと思う。
黄色い土が平に引き敷かれていて 向うは遠く山が霞んで見えた。
その 向うに街があるのか それとも復活している何かがあるのかは
解らなかったが 行っても何にも見るものは無いと思った。


100メートル道路いっぱいに出店がぎっしりあるという風ではなかった。


比治山に行って観覧車に乗った。
母親らしい着物を着た人と若者が 言い合いをしている。

私達の観覧車に着物を着た若者が母親を振り切って乗り込んだ。

着物を着た若い男の人が わたしの手をとってこの観覧車がまわる間でいいから、手を握らせてという。
観覧車の中で叔母ちゃんも誰も 一言も何にも言わなかった
黙っていた。

若い男は ちょっと浮き浮きとしていて窓の外 
桜の花を見ていたのかもしれない。
それとも 何にも見ていなかったのかも知れない。

顔色は青白く、
きっと この人は病気なのだと私は想像した。
観覧車を下りるとき、「ありがとう おじょうちゃんの手から私に
生きる力をもらいました」と若者は言った。

観覧車を待っていた 若者の母は、
「この子が 失礼な事をしませんでしたでしょうか。
ご迷惑をおかけしませんでしたでしょうか」と
腰を折って気を使った。

若者は背筋を反らせて 何処か素知らぬ方向を見ていた。

何故だか 理由は無いのだけれど、
青年は そんなに長くは生きていられないのだろうと想像した。

母は結核を患った この若者は結核ではなさそうだった。
何の病気だったのだろう。



親鸞聖人の  (詩文の一部らし)

『寒くとも袂に入れよ西の風
みだのくにより吹くと思えば』



頼山陽の筆で『詩文』と書かれた額があった。
たった一つの書を毎日見ることが出来た幸せ 
今はもう 誰も知らない私だけが覚えていること、

日野左衛門門前:

親鸞聖人と供の者の一行は 布教の旅の途中、すっかり日が暮れた。
宿を取りたくても宿らしきものもなく親鸞聖人さまはもう一歩も歩けなく疲れておいでだった。
金貸しの日野左衛門に一夜の宿を頼みますが断られたので軒先で夜を明かすことにしました。外には雪が降っていました。
するとその夜、
日野左衛門の夢枕に観音様が現われ、親鸞聖人をお世話するように言います。日野左衛門は慌てて親鸞聖人に謝り、聖人をもてなすと共に彼のお弟子になりました。

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2018/6/4  6:21 | 投稿者: 管理者

リスやはちどりが来る 時々はアヒルやラクンも来る。
ご近所さんの黒猫が来なく成ったけれど引っ越しをされたのかも知れない。

土を起こすと蛤の化石が出て来る。



小園の記
『ごてごてと草花植ゑし小庭かな』正岡子規(青空文庫より) 
 
青空文庫で読書が出来てありがたかった。日本語の本を注文したら3倍からの値段がしていた頃の昔の話。

言葉は生き物だから、私が自分の言葉として半世紀前にアメリカに持って来た言葉と故郷の父母の家で家族が話す言葉とちょっとズレがあったりする。

小庭(こにわ):
あれもほしい これもほしいと 数種類のハーブがある。
フレッシュ をいただくのが一番好き。

ルリチシャ(Borage)は 紫の星の形の花を摘まみ取ってサラダの散しに入れる。
一握り 花房をとってさっと湯をくぐらせる。

甘い花の蜜ははちどり(Humming bird)の好物。
ハチドリが花を見張っている。

ナスタチウム(英語Nasturtium)キンレンカ(金蓮花)は
莟を酢漬けにして保存も出来る。花は野菜サラダにうれしく散らす、
葉っぱはサンドウイッチに挟んで辛しにする。

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2018/5/24  0:23 | 投稿者: 管理者

暖かくなって初夏が来た!カリフォルニアのご婦人たちがパーッと明るく見える。
突然
寒く成って 数日 人々は上着を羽織る。

今年四つ目のハミングバードの巣が出来て、巣の中をのぞいたら、産毛がわずかに呼吸と一緒に動く。
卵から孵化して二週間目、
母鳥が嘴を立て餌をあげているのを 一回だけ見た!

窓のドアを開けて 
ハミングバーッドの生活を観察したいのだけれど
お邪魔をしないのが ルール

☆☆☆
ストレッチのクラスのあと紅茶を飲んでいると 一人のご夫人が真直ぐ私に来て話す。
言葉を忘れそうになっているから自分の勉強のため話し相手に成って欲しいと言う。
80歳。A......
A:私は頑固です。

私:頑固は大事 悪い事ではない。

頑固は生きて来た経験から自分自身の意思を持っていると言う事、
何をどのように生きて来たかが、ストローク後の第二の人生を左右する。

私:頑固だから 頑張れる。

A: 主人に はやく死に別れ 色んな仕事をして子供を育てた。

自分が 何を話せるか自分をテストしているのだ。
きっと大丈夫に成る。
言葉ももつれていない。ただ ストロークに成って新しい頭に成ったのだ。ドクターは リハビリは無くていいと言った。

だけど 何かが今までと違うのだ。
大丈夫 大丈夫。
運がいい。

GOOD LUCK!
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2018/2/17  8:15 | 投稿者: 管理人

オールドタウンに行くと開拓時代そのままに 雑貨屋さんがある。
開拓時代の本やおもちゃがある。

州の経営でまかなわれていたりする。

トレードセンターは 博物館に成っていたり、
金銭の無い時の 物物交換がされた様子などが展示されている。
牛やバッファローの毛皮と交換されたのは小麦粉や生地、砂糖 塩。

硬貨の変わりに銀を半分や1/4に切って使ったらしい。
硬貨をちぎったギザギザの破片もおもむきがある。



開拓時代の村に行くとコーヒーショップで丸い木のお金を貰った。
レストランでコーヒーと引き換えに出来る。

シエラネバダ山脈を越え その町に泊まり
レストランで 丸い木のお金でコーヒーを飲む。

写真をとりに早朝出かけ 昼過ぎに宿に戻りブランチを食べに行く。
レジで木のお金を出すと、もう一度来なさいと言って木のお金を持たせてくれる。

丸くした木の貨幣を持っている。
見るたびもう一度その町に行きたく成る。
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2018/2/17  4:52 | 投稿者: 管理人

Friday, February 16, 2018
第23回オリンピック冬季競技大会 
平昌オリンピックスタジアム(ピョンチャンオリンピックスタジアム)

当然の事だがUSでのTV放映は日本のとは違う。インターネットで見る事が出来るようになっているらしい。

一晩中起きていたのだけれど、、、

今朝のニュースの一部:オリンピアンの朝ご飯:

@ スパイシー ベジ(野菜)オムレツ、オートミール:

A (フィギア)オバー オートミール、カプチーノ:

B コールド カット ミート、2〜4個 ボイルドエッグ、パン、   ヨーグルト、オレンジとバナナ、ミッシュリー:

C (ゴールドメダリスト)チョコレートパンケーキ、ビスケット+グレイビー:
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2018/1/26  9:27 | 投稿者: 管理者

重い腰を あげ
散歩に出かけようとして
身支度をして玄関まで出たのに
突然の ストームに阻まれた


街の上 
ぐるりと 白い入道雲が取り巻く
屋根の上 おこぼしの 陽射しがある
 
突然 屋根をたたいて 雨がふる
日照り雨かと思いきや
甲高い音の 雹が降る

積もるでも無く 
不意に止む

見上げる 空は
何ごとも無かったかのごとく
ゆっくり入道雲が 
大陸に移動して行く

気まぐれな お天気のこのごろ

しばらく 雲を眺めていたら
向かいの 屋根の上
虹が咲いた

うれしい おまけの虹
嬉しさに 色がさす
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2018/1/26  9:17 | 投稿者: 管理者

スタンフォード大学までの道、
ユニバーシティ アベニューUniversity Aveは大きなマグノリアの木が道の両側にあって夏、涼しい。
ほとんどの花は木の枝の高い所にあって、見上げて眺める。

夕方4時過ぎ もうラッシュアワーが始まっている。並んだ車はゆっくり前進する。
ラッシュを覚悟すると 両側から枝を伸ばしたマグノリアの木が作るトンネルをくぐりながら
家々の庭先 植物を楽しみながらゆっくり進めば好い。

犬と散歩をしている人、
リモートコントロールで箱と行く人、
リュックサックを背負って、キャスタ付きボードに乗って行く人、
手作りだろうキャスタ付きボードの前足下に 箱を乗せている人、
目を楽しませてくれる

宵闇が迫って 薄暗く成って来ても
気持は ゆずりあいで列を突っ切りたい人を先に行かせる
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2017/12/6  10:14 | 投稿者: 管理人


"Only put off until tomorrow what you are willing to die having left undone." (Pablo Picasso)
明日に延期してもいいものは、やり残して死んでもかまわない事だけ。
 (パブロ ピカソ)


”Today is a Day”: 女流写真家 ルース バンハードの言葉:
思いたったら実行する。Noと言わない。

今日は寒いから、 今日はちょっと暑過ぎるからと言い訳をし 
計画を延期してしまうこのごろ、今日もこの整理が終らなかったと無念に思う。


サンフランシスコ ピア フェリーターミナル ビルの海側に
杖を持って歩く マハトマ・ガンディ-さんの銅像がある。
さっそうと塩の行進 Salt March をするところの銅像。

かってインドでは自由に海水から塩を作っていたが、
植民地化したイギリスは塩生成に専売制をしいた。
1930年にマハトマ・ガンディ-はイギリス植民地政府による塩の専売制に反対し、
製塩の為にグジャラ-ト州アフマダ-バ-ドから同州南部ダ-ンディ-海岸までの約380kmを
抗議の行進をした。マハトマ・ガンディ-が行進して行くといたるところから群衆が集まって来て行進に参加した。

“Freedom is not worth having if it does not include the freedom to make mistakes.”
(Mahatma Gandhi quotes)
もし、過ちを犯す自由を含まないのならば、自由を持つ価値はない。
(マハトマ・ガンジ-)
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2017/9/25  17:00 | 投稿者: 管理人

夏の旅から戻って来た 知人が言う 
未来に生きたいから丸いテーブルを買いたい。一緒に買いに行って欲しいと言う。
”人生は自分を捜す旅” 丸いテーブルもLife命をくれるものになるだろうと思う。

私の本棚 一冊の本:
フランシス・チチェスターは60歳を過ぎてからジプシー・モス号で三万マイルの世界一周の旅をした。
英国を出港し オーストラリア・シドニーへ、そしてケープホーン岬を越え英国に戻った。

☆ 
ハワイに行って 毎朝パパヤジュースを飲んでマンゴを食べたいと言った言葉を連れ合いは覚えていたのだろうか。毎朝パパヤジュースを飲んでマンゴを食べた。

スタインベックの『チャーリーとの旅』を読んで 家人と一緒に旅をする予定だった。
家人はキャンピングカーで ハーフムーンベイまでテスト乗りなどした。

人生には「アンフェアな事があるね」と話しかけた人。
色んな所で色んな人に 励まされて生きたのだと思う。
人の言葉に救われ 教えられて来た。
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2017/9/18  23:50 | 投稿者: 管理人

昼寝の前にお婆ちゃんにねだった おとぎ話、おばあちゃんの作り話かも知れないと今おもう。物語の風景が故郷のあこここと想像出来るから。

お爺さんが孫を膝に乗せて揺すりながら歌ったうた。孫ははっきりと覚えていないのだけれど、、、

リヤ リヤ ランケン
ハスタネット ランケン
カスタネット ランケン
、、、、、、
あとは覚えていない 孫。

誰にでも自分の子守唄があり、 物語があるのだろう。
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