2015/7/26  8:32

佐渡の旅写真集  金子貴一同行シリーズ国内編

『佐渡 東光院まつりとマニアック霊地巡り』(7/18〜20)

 「奇跡」の連続で、危機を乗り越えさせて頂き、無事に楽しく充実した旅となりました!


 佐渡島 苦に苦を重ねし歴史越え 涅槃に至る道に導く

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 時期を合わせるかのように、大型の台風12号も佐渡に向かっていましたが、急速に弱体化し、奇跡的に東京からの夜行バスも佐渡汽船も運行。無事に予定通り佐渡に到着することができました。(気象庁HPより)

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 東光院のご住職•加藤龍久師も、「台風が来たら、雨戸をしめて自分一人で東光院まつりをしなければならないのではないか」と心配していらっしゃったそうです。

 それが、島内の僧侶方、檀家の方々、私たち13名が集う、盛大なお祭りとなりました。 
 


台風や 風雨吹上げ ドンデン山 我に吹き込み 強力(ごうりき)となる

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 夕刻、バスでドンデン山(940m)の山荘まで上った際は、熱帯低気圧となった台風12号が大佐渡山脈にぶつかり、豪雨のなか、雨雲が麓から山頂に向けて次々と噴き上げられていきました。

 凄まじいエネルギーを身体一杯に吸い込んだ翌朝は、皆が歓声をあげる程、見事な朝日でした。

 木食の苦行の霊気じかに触れ 尊さ染みる中道の法

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木食開祖弾誓上人が悟りを開かれたと伝わる、岩谷口磨崖仏

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独自の文字で書かれた「南無阿弥陀仏 浄厳」
浄厳上人は、弾誓上人の弟子達を浄土宗鎮西派白旗流に導いた。

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巨大なカタツムリが佐渡各地に

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龍が住むという山居池

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江戸時代には全国的な聖地だった光明仏寺。
弾誓上人の修行場跡で、同上人を仏として祀る寺だ。

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廃寺となっていた場所を、もう一度、明治時代に再興させた澄心阿闍梨のお墓

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特別にご開帳頂いた、弾誓上人像と直筆の「南無阿弥陀仏」

弾誓上人から200年後、その徳を慕って来島した木喰上人の仏像3体を佐渡各所で拝観できました。
木喰上人=行道上人=明満仙人だったんですね。
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ご開扉の日蓮聖人微笑むは 13人中4名のみなり

流刑に処せられた日蓮聖人の旧跡も訪ねました。
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流刑に処された順徳上皇辞世の句。
思いきや 雲の上をば 余所に見て 真野の入り江にて 朽ち果てむとは
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真野御陵

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佐渡第一皇女 慶子女王墓

佐渡金山も悲劇の舞台でした。
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佐渡金山宗太夫坑

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無宿人の墓。全国からホームレスが集められ、3年以上は生きられないと言われた重労働の水替人足として働かされました。

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キリシタン塚。島原の乱後、約120人のキリシタンが打ち首にされた場所。
金山では、仕事が出来れば宗教は不問ということもあって、全国からキリシタンが集まったと言われる。

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マリア観音

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金山によって潤った佐渡では、島の女性が女郎屋で働かされた。

佐渡各地の聖地も巡りました。
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金北山神社里宮では、金北山大権現の本地仏である勝軍地蔵(愛宕権現)像を特別に拝させて頂きました。

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たぬきの親分の神様、二ツ岩大明神のご神体

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称光寺内に安置される熊野大権現と書かれた神位牌。
現在の熊野大神とは違い、優しい神仏習合の霊気が漂う。

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岩屋磨崖仏。佐渡最古の遺跡(縄文時代住居跡)が、後世聖地となった。

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島の各所で蓮の花が満開でした!
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