8月13日(月)夕刻
小岩井のまきば園からさらに岩手山に上って、温泉ホテルから広大な農場全体を見下ろせるスポットがある。二度目に小岩井農場に訪れた際、間違って行き先の違うバスに乗ってしまい、偶然ここに辿り着いた。それは終バスだったため、ここで置き去りかと危ぶんだのだが、バスの運ちゃんがいい人でただで駅まで乗せて行ってくれた。怪我の功名というかその時、ここで見た風景が気に入って覚えていたのだ。
車だとものの数十分で辿り着ける。詩子さんの実家の件といい、好きな時に思いつきで長距離移動できるのが、車旅行の醍醐味だと思った。
ついでにもうひとつ思いつきで行ってみようと思う所があった。
田沢湖芸術村である。
実はちょっと前に殺陣教室ヒメイチで知り合った役者さんが、そこで公演を打っていることを思い出したのだ。きっとわざわざ東京から観に来たと言ったらすごくびっくりするだろうな…と思い立った。
田沢湖までは秋田道で真っ直ぐ秋田方面に向かえばすぐである。芝居のタイトルを覚えていて良かった。確か「小野小町」だった。
早速車を飛ばしながらカミさんに携帯電話で調べてもらった。劇団名は「わらび座」と言って東北では有名な劇団であるらしい。劇場も田沢湖文化村という所にあるということがわかった。劇場への詳しいアクセスが解らず仕舞いだったが、まぁ田沢湖に行けば何とかなるだろう。
もうここらへんまでくれば渋滞もなく、スイスイのスイで田沢湖に到着した。しかし、この駅周辺の閑散とした有様は何だ?とても芝居をどこかで打っている雰囲気ではない。店が一軒も開いていないのだ。
ひょっとして、利賀村みたいな所なんじゃ…?
利賀村は演劇界の魔境と言われている。鈴木忠志さんの演劇村があってその近辺にはまったく何もない山の中なのだ。一度そこの演劇祭に参加したことがあったのだが、その時の悪夢が蘇ってきた。
田沢湖芸術村なる所を探して車を走らせているうちに、すっかり日が暮れて夜になってしまった。この分ではもうソワレの回が始まってしまうのではないか?そう思ってもう一度開演時間を調べるように言った。カミさんは再び携帯電話で調べ始めたが、やがて呆気に取られたような声でこう言った。
「…この公演、ソワレがないよ」
…え?
…そうなのだ。日が暮れると全ての商店が閉まってしまう街である。電車もバスもストップしてしまう。そんな所でソワレをやったって、誰が観に来るというのだ。第一終演後にどうやって帰るというのだ。
カミさんによるとこの公演は午後二時からの回と午後四時からの回といずれかしかないということだった。
なんてこったい、とんだ無駄足を踏まされちまったい!
翌日は四時からの回しかない。周りに宿もありそうにないし、限りある日数の中で丸一日こんな何もないところで足止めを食うわけにもいかない。
知り合いの役者さんには悪いが、今回は間が悪かったということで諦めよう。
車は確かに自由度が増して便利だ。しかし、下調べはやはり必要なのかもしれない…このような下手を打ちたくなかったらね。
夜の秋田道を飛ばして秋田駅で宿泊。はたはたを食べる。

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