「そういえば最近は昔のように音楽を聴いていないなぁ」とふと思いたって書き始めたこのシリーズ。音楽を聴くという行為が鑑賞を超えて人間形成や思想にまで関わっていた二十代中頃までの日々を振り返って、今の自分をもう一度位置づけてみようと思う次第であります。
中学生でビートルズの影響を受けた私は、高校になってからも洋楽を熱心に聴き続け、その中で「ウッドストック」なるものに辿り着いた。
所謂ヒッピー世代のカルチャーにはまったきっかけは映画「イージー・ライダー」だった。麻薬を密売して金を手に入れたヒッピーふたりが自由を求めてアメリカ各地を旅し、最期にはトラックの運ちゃんに撃ち殺されるという夢も希望もない映画だったが妙に心躍る映画だった。それまでに観たホラー映画やジャッキー映画やスピルバーグ映画とはまったく異なっていて新鮮だったし、何にもまして全編を通して流れる音楽…リアル・ロック・ミュージックが最高にカッコよかった。
それでサントラを購入し、ステッペン・ウルフ、ザ・バーズ、ザ・バンド、ボブ・ディラン、そしてジミヘンという具合に聴き進む。そして出会ったのが映画「ウッドストック」だ。
もう説明するまでもないと思うが「ウッドストック」とは'69年8月にNY郊外のウッドストックにて行われたロックフェスティバルの記録映画だ。「愛と平和と音楽の三日間」を掲げ今でもカウンターカルチャーの記念碑的祭典として語り継がれている。観客動員数は30万人とも40万人とも言われている。
私はこのドキュメンタリーを観て「こんな熱い時代があったのか!」と一発で感銘を受けた。当時私の通っていた高校は中流を絵に描いたような所で、何となく「やる気のないムード」が漂っていた(ひょっとしたら私がそう感じていただけかもしれないが)。私は常に欲求不満を抱えていて、周りにいるクラスメイトも教師も皆つまらない俗物だと軽蔑していた(そんな年頃だった)。そんなモンモンとした息の詰まるような生活をしていた私にとってこの映画に描かれるウッドストックカルチャーは正にユートピアのように映った。
今日に至る私の人生が動き始めたのは高校二年の十七歳の時だと思っている。私はその年、生徒会長に立候補することになった。その年は30年ぶりの校則改正が行われていて、推薦してくれたI教諭は「校則改正の旗印としてはお前みたいに変わってる奴の方がいい」といってくれた。つまらない学校生活に漠然とした憤りを抱えていた私はこの「校則改正」という言葉に痛く惹かれた。馬鹿だから「改正」を「改革」、いや「革命」くらいにとらえていたんじゃないか?
生徒会長になった私は生徒会と生徒委員会からなる「規約改正委員会」を発足(この委員会で顔を合わせた生徒委員長の三木と風紀生活委員長の宮沢が後に私と「石山海と劇団火扉」を旗揚げするのだが…)。服装制限の見直し、アルバイト原則禁止の廃止、自動販売機の設置など様々な改正を行った。
三木、宮沢を始め生徒会に来るのはどこか個性的でインパクトの強い奴が多かった。そしてまた彼らも私と同じようにその強烈なキャラゆえにクラスでは居場所が見出せず浮いてしまっているようだった。私もクラスの俗物どもと一緒にいるより彼らといる方が楽しかったのでずっと生徒会室に入り浸っていた。そうこうするうちに噂が噂を呼んで学校中のクラスに馴染めない変り者たちが生徒会室にやって来るようになった。
あの頃の生徒会室の生活は正にヒッピーのコミューンのようだった。もちろんマリファナこそなかったが、私はステレオでガンガンにジミヘンやピンク・フロイドをかけ、絵を描いているものもいれば踊っているものもいたり、「人生」や「死」について結論の出ない討論をしたり、唄を歌ったり詩を読んだり小説を書いたり、私は芝居を書いたり…。とにかく皆、やりたい放題自由にやっていた。クラスと違ってここでは自分を周りに合わせる必要はない。自分をさらけ出せば出すほど皆、喜ぶ。もちろん先輩後輩なんて上下関係はない。ウッドストックでヒッピーたちが体現していた「ラブ!ピース!フリーダム!ピース!」のパラダイスを私は生徒会室に築きたいと思った。
'70年のローリング・ストーンズのチャリティ・コンサートでヘルス・エンジェルズの青年が黒人を殺害した事件で「ラブ&ピース」のウッドストックの夢は脆くも崩れ去った。私たちが作り上げた生徒会室のコミューンの理想も例外なく長続きせず、末期は人間関係の修羅場的な状況を迎えた。卒業とともに私のカウンター・カルチャーに対する単純な憧れも消えた。ロック自体もほとんど聴かなくなった…そして暗黒のニート学生時代が始まる…。
ビートルズと同じく、ウッドストック的な理想は今の私に直結していない。むしろ実体験を通じてかなり懐疑的ですらある。しかし、ああゆう青春時代を送ることは私にとって必要だった。よくも悪くも私の人生はあそこから始まったのだ。あの混沌とした生徒会室のコミューンから…。


0