2006/12/11

26歳の頃  思い出

私は、26歳の頃東京の銀座で仕事をしていた。
今考えると、ありえないほど仕事をしていた。
体も、あの時ぼろぼろになったような気がする。
そして、仕事至上主義でした。
子供の病気を理由に休む社員を
苦々しい思いで見ていた。。。。。
傲慢だったと思う。

福島に帰って来ても、それはあまり変わらなかった。
仕事で、お金はあっても、母と旅行に行く事も、
自分で一緒に買い物に行ってあげる事もしなかった。
「お小遣いあげるから、行っておいでよ。
年取ったら一緒に行こうね♪」・・・
そうこうしている内に、母は死んでしまった。

母が、最後に教えてくれたことがある。
何者にも変えられない存在があると言うこと。
娘にとっての私は、おそらくそうなのだろう。。。
いえ、私にとっての娘がそうなのだ。
家族がそうなのだ。

最近、素敵な女性と会う事が多い。
彼女だったら、これからどう生きていくのだろう?
興味があります。応援もしたいです。

娘を言い訳に仕事に踏み込むことを避けて来た、
この10年間をなんて説明しよう。
ほんの少し恥ずかしい。
娘や、家族にすべて向いていたわけでも無く、
不満だけを溜め込んで来た様な気がします。


母親に、してもらえなかったことだけを数えてきたのかも
これからは、してあげられることを考えて生きて行きたい。
とりあえず、検査に行ってくるか。。。

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(今日までに知り合ったすべての人に・・・CHU♪
嫌って言うな〜〜〜。笑。
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2006/12/11  23:09

投稿者:たかたん

とんちゃん、受けた?
ブチュ〜〜〜〜♪爆。

http://sea.ap.teacup.com/kurasidaisuki/

2006/12/11  22:56

投稿者:とんちゃん

嫌〜〜〜爆!
とんちゃんからも・・・

出合ってくれてありがとう♪w

http://blogs.yahoo.co.jp/tonna3644

2006/12/11  21:59

投稿者:たかたん

いえ、子育てしてないのにそう言える直さんって・・・
大好きだわ。
私、今は直さんと一緒だもの。
仕事は、代わりがきくけど
お母さんは私だけだもの。
母が死ぬまで、そんなことにも気づかなかったの
私は、恥ずかしいのね。
でもね、母子家庭の人なんかは、休まなかった。
仕事を無くす事が怖かったんだと思う。
きっと、あの人は、辛かったんだろうと
今思うと、胸がギュウッとするのよ。

http://sea.ap.teacup.com/kurasidaisuki/

2006/12/11  21:40

投稿者:直

『親孝行したい時には親はなし』って、奴ですね。
私は、たかたんさんと逆の意見で、「子供が病気の時ぐらいそばにいてあげなよ」です。
私は、病気で学校休む時は、祖父母の家に連れて行かれてました。
母が仕事に行く為です。
姉が病気の子供を「人がいないから仕事を休めない」って、連れて来てた時は、「子供が病気なんだから、休んでいてあげなよ」って、怒った事があります。
だって、いくら血縁関係のある人間に看て貰えても、自分が病気で不安で、頼るべき親がいないって、淋しかったですもん。
子育てもしてない人間が言っても説得力ないですよねf^_^;


http://happy.ap.teacup.com/naosan/


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