口腔外科通院&年金支給日&友人の哀しみには寄り添うべき  しのざわ

ヤフオクで落としたい商品があって、期限が23時33分。
昨日(13日)の昼に入札したんですが、入札者が自分ひとりだったもんで、なんとか落札できました。
23時からずっと、パソコンの前で座ってたんですが、落札できてヤレヤレってコトで気が抜けてしまい、パソコンの前でぼへらぁ〜〜〜と。
この時間になってしまいましたです。


13日(木)……
午後まで、パソコンの前で、ぼへらぁ〜〜〜としてました。
何度も寝落ちしそうになったんですが、夕方に口腔外科に通院する予定が入ってたもんで、寝落ちしないように、カフェインドロップを次から次へとひっきりなしに舐めてましたです。

何気なくネットを眺めてたら、欲しいモノがヤフオクで安く出てたもんで、入札をば。

15時半にやっとの思いでパソコンの前から立ち上がり、のろのろ歯を磨いて、16時半に外出。
17時過ぎに、大口町のさくら病院に行き、口腔外科の受付をしました。
17時半が予約時間だったんですが、17時20分に診て貰えましたです。

1週間前に抜歯した親知らずの経過は順調ってコトで、今回で終了。
1週間以内に、近所の歯医者さんに診て貰ってねってコトで、連絡の手紙を持たせてもらいました。

18時前には、全部終わっちゃって、まだ時間に余裕があったもんで、犬山市営の銭湯・さくらの湯に行くコトにしました。
18時半から19時まで30分、浸かってきましたです。

さくらの湯から戻ってきたのが、19時40分。
ドトールに寄ってコーヒーを啜り、マックスバリュとサークルKで買い物をして、21時に帰ってきましたです。

帰ってきてから薬を飲んで、寝床に入って横になり凛と添い寝、ちょこっと仮眠をば。
22時半に起きて仏間に移動、23時半にパソコンの前に座ったんですがー
すさまじい眠気がきて、パソコンの前で寝落ち・爆沈しちゃいまして、気がついたら翌日の夕方になってましたです。
ぐはあ〜〜〜


14日(金)……
偶数月の15日は、年金支給日なんですが、今月は15日は土曜なもんで、前日の14日が、年金支給日になりまふ。
岐阜信金の口座に振り込まれてる障害年金を下ろして、あっちこっちの口座に移しかえないといけないんですがー
前日の反動で爆沈してまして、気がついたら夕方になってました。
ぐぐぐぐぐ。
金融機関回りの予定、土砂崩れ。
ぐはあ〜〜〜

もそもそメシ喰って、パソコンの前から立ち上がったのが、18時45分。
のろのろ身繕いして、19時半に外出しました。

ドトールでコーヒーを啜りながら地元紙中日新聞を読み、マックスバリュとサークルKで買い物をして、21時前に帰ってきましたです。

帰ってきて、のろのろ歯を磨いて薬を飲んだところで、21時半。
寝床に入って横になり凛と添い寝、ちょこっと仮眠をば。
寝過ごしそうだったんですが、なんとか22時に目が覚めました。
凛が起こしてくれましたです。
22時10分に起床。
仏間に移動して、23時にパソコンの前に座りました。

前日13日に入札したヤフオクの商品、どうなるかハラハラしながら、ヤフオクのサイトを見てたんですが、他に入札者が現れなかったもんで、無事落札できました。

それからパソコンの前でぼへらぁ〜〜〜としてしまい、気がついたらこの時間になってたのは、冒頭に書いたとおり。
……と、未明午前3時にここまで書いたところで、寝落ち。
気がついたら、朝の7時になってましたです。
ぐはあ〜〜〜


15日(土)の予定……
しんどいもんで、だらだらしてまふ。
だらだらぁ〜〜〜


覚書き……
13日の夜、ボブ・ディランが今年のノーベル文学賞を受賞したニュースがありました。
それから程なく、タイのプミポン国王がお亡くなりになられた一報が入りました。
プミポン国王については、数日前から容態がよろしくなく、深刻である旨の報道が、あったんですよね。
今にして思えば、危篤状態に入っていたんでしょうね。

facebookの友人の中に、タイ人の奥さんがいる友人がいて(彼は日本人です)、彼はプミポン国王の容態がよろしくない報道があってから、たいそう心配してまして、タイの友人の現地報道をシェアでUPしながら、国王の回復を願うコメントを書いてました。

翌14日の地元紙中日新聞に、ざざっと目を通してみたんですが、もう大々的にボブ・ディランで、一応プミポン国王の件も扱ってはいたんですが、扱いはボブ・ディラン程ではありませんでした。
そうかそうか、左翼の中日新聞にとっては、親日国の国王逝去よりも、反戦歌手の方が大事なのねん。
まあ、中日新聞の体質から、わかりきったコトではあるんですけれどね。
プミポン国王の方が、入ってきた一報が遅かったから、紙面の構成を変える時間が無かったなんて言い訳は、認めないぞ。

NHKの報道の方がまだマトモで、地元名古屋局の報道で、覚王山日泰寺とタイとの結びつき(タイ王国から寄贈された 真舎利・釈迦の遺骨を安置するために、創建され、日本とタイの国名をとって、日泰寺とされた)、プミポン国王と日泰寺のエピソードの紹介があって、日泰寺では哀悼を表すために、タイ国旗を半旗で掲げている旨、報じてました。
15日付の中日新聞で、このコト触れてなかったら、見識の無さを笑ってやろうと思ふ。

タイは、戦前から戦後、今日に至るまで、ブレずに続いてる、親日国です。
日本にとって、とってもありがたい、得がたい友人です。
友人の哀しみには、きちんと寄り添うべきだと思うのです。
(散々日本の悪口を言いふらし回ったどっかのくそばばあなんか、どうなろうと知ったことじゃないなんて、口が裂けても言いませんが)
心より、哀悼の意を表したいと、思います。
合掌。


タイ国王死去 ゆかりの寺では
NHK東海ニュースWEB 10月14日18時58分
http://www3.nhk.or.jp/tokai-news/20161014/3528321.html

タイのプミポン国王が亡くなったのを受け、かつて国王も訪れた名古屋市内の寺には、この地方に住むタイの人たちが訪れ、祈りをささげていました。
名古屋市千種区にある日泰寺は、明治37年に当時のタイの国王から贈られた釈迦の遺骨を安置するために建てられ、「日本とタイ」という意味で日泰寺と名付けられるなど、関係が深い寺として知られています。
プミポン国王も昭和38年に訪れ、植樹などを行ったほか、寺の関係者もしばしばタイに招かれ、国王から贈られた若い頃の国王と王妃が描かれた1メートル四方の絵画も飾られています。
国王の死去を受け、14日、境内に掲げられているタイの国旗は半旗にされ、手を合わせるタイの人たちの姿が見られました。
愛知県小牧市の自動車部品メーカーに勤めるタイ人の従業員は10人あまりのグループで訪れ、焼香したり静かに手を合わせたりしていました。
このうちの1人で20代のタイ人の女性は「国王は国民のことを考えてくださった方です。本当に残念です」と話していました。
タイに招かれ、プミポン国王と3度面会したという日泰寺代表役員の鷲見弘明さんは、昭和59年に、初めて会った時のことについて、「堂々とした体格で威厳を感じました。面会時間は当初15分の予定だったのに、日本の新しい技術をどうしたらタイに導入できるかといった私たちが答えられない質問を次々投げかけられ、面会時間は2時間にもなっていました。常に国のことを考えている方という印象でした。その一方で、その後再びお会いしたときには日本から訪れた私たちのために、サクソフォンを演奏してくださる気さくな一面もありました。亡くなったのは本当に残念です」と話していました。


覚王山日泰寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%9A%E7%8E%8B%E5%B1%B1%E6%97%A5%E6%B3%B0%E5%AF%BA




めぐ『ねぇねぇ、しのざわぁー』
あん?
めぐ『ヤフオクで、何買ったのぉー?』
まあその、でへへへへ。
めぐ『どぉーせ、すけべぇなDVDか、写真集なんでしょぉー?』
武士の情け、訊くな。
めぐ『しのざわの、うあきものぉー!(ごすっ)』
ぐはあ〜〜〜


これ書いてる現在時刻、23時59分……
(実際は翌日の午前9時00分)


本日は24。
昨日は27。
毎日ご訪問、ありがとうございますです。


1



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ