2009/7/3  9:03

小熊秀雄の樺太  文学

詩人小熊秀雄が少年時代を過ごした樺太。その時代を歌った詩として明確になっているのは三篇だけである。

その一つに、大正時代の樺太の冬の夜に、夢遊病のように寝ぼけて外へ出て街を歩く妹を尾けて行く兄の気持ちを振り返る

「白い夜」

という詩がある。その中に、次のような表現がある。

「戸外は昼のように明るかった、
どこにも月が出ていなかった
それだのに地上の明るさは
地平線のかげから
まるで水銀のような光りがたちのぼり
小さな街中をまんべんなく明るくしていた」

樺太は、まるでオーロラの立ち上る北極圏のように「水銀のような光」が、冬の夜を「白い夜」へ変え、少年だった詩人の記憶にこのような光景を残している。おそらく、小さな町とは、一番長く住んだ

「泊居」(トマリ)

という西海岸にある小さな町である。



まもなく、私は、樺太(現在のサハリン)への旅出る。もちろん、この詩の背景となった泊居を訪ねる。

しかし、残念ながら、季節は夏である。小熊の詩にある冬の夜に特有の

「水銀のような光り」

を見ることはできないだろう。しかし、一生訪れることは出来ないと思っていた樺太の風景と空気を吸うことは、私にとっては大きな意味がある。


詩人小熊秀雄は、明治34年(1901年)小樽生まれである。少年時代を、小樽、稚内、秋田、そして10歳前後から樺太で過ごす。

小熊は、大正初期に父と継母の住む樺太豊原へ移り住む。そして両親の移動した西海岸の泊居へ移住する。泊居の高等小学校を卒業以来、この地で漁師、養鶏場番人、炭焼き手伝い、農夫、伐採人夫、パルプ工場職工などの労働に就き、大正10年の徴兵検査までこの地で過ごす。

樺太での約10年の少年時代。小熊は、東京で39歳で亡くなったが、彼の短い生涯の四分の一を、樺太で過ごした計算になる。樺太という土地が、彼の詩の根底に流れる詩精神に与えた影響の大きさは、計り知れない。

アイヌ民族と日本人の交流を描いた長編叙事詩「飛ぶ橇」は樺太の生活がなければ、決して生まれなかった詩である。この詩の最初の部分に

「雪が来ると、この最初の雪は愛撫の雪
山峡の村は一時ポッと暖かくなり
寂しい秋を放逐してくれた新しい
冬の主人を迎えたように瞬間感謝の気持ちになる」

この表現をするためには、樺太での10年の少年時代が、詩人にはどうしても必要だった。

やはり、樺太を舞台とした詩

「トンボは北へ、私は南へ」

という詩は、自然と少年の交感が、大人になった詩人の目で優しく、そして時には激しく歌われる。

「トンボよ
君は北へ揃って行き給え
僕は南の方へでかけてゆこう
そういって私の少年は南へ向かって出奔した
最初の反逆それは
私は故郷を捨てることから始まった」

大正10年、小熊は徴兵検査の時、戸籍謄本を見て自分が父によって長男として戸籍に入っておらず、3歳の時に亡くなった母小熊マツの私生児となっていることを知った。

なんと、我々の知る小熊秀雄は、20歳まで「三木秀雄」という名で生きていた。それが、一気に崩れ去り、怒りに打ち震え、自ら、生母の姓を選びとり

「小熊秀雄」

として、残りの人生を歩むことを決めたのだ。「私の少年」という優しくも懐かしい、小熊特有の表現。そして、この詩の最後に現れる「故郷」という表現は「樺太」であり、「反逆」とは自らの20年にわたって使ってきた「三木」という姓を姓を捨て去ることだった。

我々が、当然のようにして受け止めている

「小熊秀雄」

という名は、彼の前半生では

「三木秀雄」

であったことを、私は、樺太を訪れる今こそ、心から受け止めるべき時が来ている。

樺太の旅の夜、同行する三人の方々の前で、私は「白い夜」と「トンボは北へ、私は南へ」という二つの詩を朗読しようと思っている。

私は、幾つかの例外を除くと、人の前で詩を朗読することは経験のない人間である。しかし、樺太という旅に際して、これだけは、どうしても実行しようと考え、薄い新書版の「小熊秀雄詩集」をバッグに忍ばせている。



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2009/7/3  13:43

投稿者:玄柊

村上春樹は、ユジノサハリンスク周辺を旅したようです。髄分と参考になる本ですが、今回は、私は彼の行かなかったトマリ(泊居)、さらにアレクサンドロフスクへ足を伸ばします。
さてどんな旅になるのでしょうか。もうかなり準備は終りに近くなりました。

2009/7/3  11:16

投稿者:モネ

小熊秀雄という人物の人格を培ったともいえる、樺太。
ついにその地を踏もうとなさっておられる。
そこで2編の詩を朗読なさる。
玄柊さんの人生の中で、忘れられない時と場所になりますね。

「地球のはぐれ方」(村上春樹他著)で、サハリンのようすを読んだばかりです。
どうも違う風が吹いているようですよ。

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