2009/8/22  4:53

小熊とプーシキン  文学

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2009年7月、サハリン(旧−樺太)へ旅をした。主な目的は、小熊が少年時代の十年余りを過ごしたトマリ(泊居)を訪ねることだった。

旅の二日目に、ユジノサハリンスクで図書館を訪ねた。ここでは、私と同行した中本信幸さんの友人であるロシア人アナトーリー・マモーノフによる

「ロシア語訳小熊秀雄詩集」
「日本におけるプーシキン」

という二冊の本を見せて頂いた。図書館の女性に、ロシア語訳小熊詩集から

「マヤコフスキーの舌にかわって」
「馬車の出発の歌」

の二つの詩を朗読して頂いた。小熊の詩をロシア語の朗読で聞いた感動は大きかった。

帰国後、小熊とロシア文学について詳細に調べ始めた。小熊をより深く理解するためには、ロシア文学を避けてはならないことを痛切に感じたのである。彼は、プーシキン・トルストイ・ドストエフスキーはもちろん、マヤコスフスキー・エセーニン・そしてチェーホフも読んでいた。

また、マモーノフの「日本におけるプーシキン」の一部を翻訳した

「プーシキンと詩人・小熊秀雄」(沓澤章俊訳)

を読んだ。小熊という詩人をよく理解した優れた論文である。

さらに、小熊自身の書いたプーシキン論

「日本のプーシキニストの一人として」
「プーシキン再認識」
「愛国的と進歩的といふことに就て」
「詩聖プーシキンに就いて」

などに目を通した。昇曙夢、湯浅芳子等のロシア文学者と小熊秀雄との関連も含めて、小熊のロシア文学からの影響は、想像以上に大きい。

最近、岩波文庫「プーシキン詩集」を読んでいた。ふと次の詩の一節に目がとまった。

「日々のいのちの営みがときにあなたを欺いたとて
 悲しみを またいきどおりを抱いてはいけない。
 悲しい日にはこころをおだやかにたもちなさい。
 きっとふたたびよろこびの日がおとずれるから。

 こころはいつもゆくすえのなかに生きる。
 いまあるものはすずろにさびしい思いを呼ぶ。
 ひとのよのなべてのものはつかのまに流れ去る。
 流れ去るものはやがてなつかしいものとなる。」

私のこころに、深く響く何かがある。そしてどこかで、このフレーズを聞いた気がする。すぐに思いだした。

「阿弥陀堂だより」(南木佳士原作、小泉尭監督作品)

という映画の一シーンで朗読されたものだった。

小熊秀雄の詩魂は、彼がかつて住んだサハリン、ロシア、そしてプーシキンにつながる。そして、プーシキンは日本映画の素晴らしい一シーンにつながっていた。

私は、当分、ロシア文学から離れられそうもない。



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2009/8/23  13:59

投稿者:玄柊

ロシア文学からしばらく遠ざかっていましたが、サハリンへの旅を契機に読み返しています。プーシキン、マヤコフスキー、エセーニンなど小熊に影響を与えた人々を中心に全体を捉えてみようと思っています。

2009/8/22  7:36

投稿者:モネ

プーシキンのこの詩、私もどこかで聞いたような気がしましたが、
「阿弥陀堂だより」でしたか。すぐに思い出されるとは、さすがですね。
プーシキニストと自称するほどの小熊。
ロシア文学はあの時代には、たくさんの人が影響を受けたようですね。
それにしても、2003年あたりから、「カラマーゾフの兄弟」が読まれたり、「蟹工船」がブームとなったり。
でも、あの時代の流れと同じ方向には行って欲しくないと
強く思います。

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