レポートがあとひとつ残っている中です。月曜日までなんですがね。
結構大変やね。
見直してないんですが気にしません。
緩勾配の風景J
しばらくの後、2人は小夜の家からほど近い住宅街をゆっくりと歩いていた。何となく気詰まりで、時々どちらからともなく二言三言交わすと、また沈黙が訪れた。
「親父さんは仕事ですか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど」
「あ、そうなんですか」
「うん」
それから、殆ど中身の無い、まるで初対面のような在り来りな会話が続いた。それでも、2人はそんな会話の中に、まだ新しい事実をいくつか見出だした。冗談めいた言葉も、全く頭に浮かんでこない。
そうやって歩くうち、ケーキ屋に着いた。正志には、ここに訪れたのがもう何年も前の事のように感じられた。小夜が勇気を奮って彼を連れてきた場所である。
「親父さんは、いつ頃帰ってくるんですか?」
正志は彼なりの勇気を出して尋ねた。聞いておきたい事があった。
「多分、明日のお昼頃だと思います」
小夜は小さな声で答えた。普通なら何の変哲も無いこんなやり取りが、ひとつの文脈を背負って重みを持っていた。
「よかったら、今から俺の家に来ません?」
既に太陽は傾き、夕方の日差しに変わりつつある。
「――いいんですか?」
小夜は少し間を置いて答えた。小夜は、偶然巡り会わせた正志との間に築かれた関係に、特別なものを感じていた。それは、他の多くの人達に対して感じてきたような明るくて眩しいものではなく、彼女自身の心の中をぼうっと温める蝋燭のような、懐かしい感じのものであり、彼女の心をちくちくと刺激するのであった。
緩やかな坂道を下って住まいに戻ると、正志は狭い玄関を通って部屋まで小夜を案内し、冷たい麦茶を入れた。残暑は厳しく、夜と言えど蒸し暑い。麦茶は25個入りのパックを買ってきて、お湯で出したもので、ペットボトルよりも安く上がる。小夜は氷の入った麦茶を少し飲み、先程よりも落ち着いた様子で座っていた。
「あ、テレビつけましょうか?」
正志は沈黙が気になった。小夜は、
「いえ、大丈夫ですよ」と言い、また麦茶を一口飲んだ。
「あの――」
小夜が口を開いた。
「――聞かせてくれませんか」
今度は正志が言った。小夜が何かを吐き出したい事が、正志には痛いほどよく分かった。
「……はい」
小夜は小さく頷くと、正志に背を向け、おもむろに着ていたシャツのボタンをひとつずつ外した。心臓を刺すような緊張と僅かな興奮の中で、彼は、小夜の小さな白い背中を見た。虐待の傷痕が、無数に刻まれている。


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