店内は程好く込み合っていた。
入口のドアを入ると左側壁面はボトル棚、右手にはカラオケモニターと共にピアノも設置された小さなステージになっている。
そこからカウンターへと続き、反対側は逆L型にロングソファーがある。カラオケスナックとしては、典型的な配置であろうか?我々は奥のコーナーに案内された。
「ママ!覚えてる?」私を促しながら親友が訊いた。
その人は、営業用スマイルを浮かべた顔を少し傾けながら「何処かで観たような???」
言ってしまってから「うぁぁ〜!ごめんなさぁ〜い!!」ちょっと掠れた少女声でハニカミポーズをとっている。
年齢的には、40歳代半ばであるので世間的には立派な熟女の領域である。
しかし、その人の表情や雰囲気といったものは20年前と何ら変わるところがなく、なんともいえない懐かしい気持ちに誘われた。
「今日は私の誕生日なんだ」私はここを訪れた経緯を説明する。
その人は少しあらたまった表情になり「お誕生日おめでとうございます」祝いの言葉を贈ってくれた。
たとえ営業的なものであっても、こんなふうに女性から誕生日を祝ってもらったのは何年ぶりのことだろうか?
そのとき、私は自分の中に何かを感じた。
一目惚れ的な“ビビッ”というあれでは決してない。“郷愁”とでもいうのだろうか?
それはいまでも明確な答えは見つからない。
このときのことがはじまりではないのだ。
ただ、これから先に起きる様々な出来事を予見する何かではあったのだろう?
そう、予備信号のような・・・。

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