1/700武蔵の兵員待機所はピットロードとフジミのどちらの解釈が正しいのでしょう?
という話題です。
兵員待機所が設置される直前、陸軍部隊を満載して輸送に従事中の武蔵。
ブルネイ出撃時 1944年10月18日
艦橋の側面が見えるので兵員待機所の幅は大和より狭いと思えます。
シブヤン海 1944年10月24日
「軍艦武蔵」では艦橋に被弾した後、兵員待機所の右舷側を周って艦橋に上ったとの記述があるので脇を通れるスペースがあったこと。
艦橋との間にスペースがあった との証言があるらしい。
実際にはどうなっているか判らないので、推定で製作しています。新しい発見があれば改修したいと思います。
「戦艦武蔵の最後」からのキャプチャですが、壊れていてよく判りませんでした。
2019/08/17
コメント欄に投稿できないのでこちらに。
兵員待機所が見えるとのコメントを頂きました。
おそらく
Musashi (武蔵) Expedition 1:42:18
あたりです。
角型であるとのこと。よく観察されていると思います、彼のこの意見に同意します。
I agreed his opinion. and I suggest below message board in Ship Model Forum.
http://www.shipmodels.info/mws_forum/viewtopic.php?f=47&t=4707&start=2980
9/7追記
LIFEに掲載されたこの写真では大和(1944.10.24)はすでに大きな兵員待機所を持っているように見えます。
