9月 12日 (金) 曇り
南国インターまでは約1時間半、サンバーの中は小さな希望と“もしかしたら・・・”と言う大きな不安が充満していた。 心なしかエンジン音も重苦しい。
高知道は沢山のトンネルと長くきつい坂で出来ている。特に高速に入ってすぐはずうっと苦しい上り坂が続く。 僅か660ccの心臓しか持ってないサンバーにはかなりの重労働だ。 年に数回この高速を利用するがいつもは器の買い付けや温泉に向かって走らせているのでサンバーも楽しいはずなのだが。
「・・・真理子? 熱はあるの? 調子はどう? しんどいか?・・・」
「・・・ん、 何とか大丈夫。 たぶん今でも38度ぐらいあると思うけど、しんどかったら悪いけど椅子、倒させてもらうね・・」
エンジン音だけでは寂しい。 最近真理子が買ったCDを掛けた。 うるさくなく静か過ぎずちょっと気だるさがあってしかも温かい。 何と言うか木漏れ日にハンモックを掛けワイングラスのアイスダージリンを飲んでる感じ・・・ 音楽の力は物凄い。 ものの数秒でサンバーはハンモックになった。
「ね〜 小野 リサって良いね。 買ってよかったな。 何かほっとするね」
「そうだね。 このリズムとコードがボサノバの魅力だね。 そういえば今年はボサノバが誕生して50年らしいよ。 」
「へ〜〜 古いようで新しいのね! へ〜〜」
いくつものトンネルを抜け、果てしない坂を上った。 40分位走っただろうか前方に巨大なジェットコースターの様な分岐点が見えてきた。 右に曲がると徳島に行く。 サンバーは左に進路を取った。 松山自動車道である。 それまでとは違いトンネルは少なくて走りやすい。 さらに1時間あまり走ると松山だ。 この高速が出来るまではここまで来るのは大変だったはずだ。 山をぶち抜き谷に橋掛け早く目的地に着きたいと言う人間の欲望。 それって凄いな〜と思ってしまう。 怖くも有る。 が、そのお陰でこうして楽に目的地に行ける。
右の方に松山の街が見える。 松山インターが見えてきた。
「・・ああ、もうここまで来たの? ちょっと、うとうとしちゃった。 ごめんね。 疲れてない? 運転変わろうか?」
「いいよ! 大丈夫!! 」
本線から左にハンドルを切れば松山だ。 沢山の車が下りて行く。
しかし、サンバーは彼らを横目に見ながら真っ直ぐ突き進む。
さらに42キロ走ると松山自動車道の終点大洲だ。 そこから5キロ位は高速のような一般道を走りR197に入る。 そして暗く長い排気ガス超一杯の夜昼トンネルを抜け10分位で八幡浜に着いた。 “かまぼこ”や“てんぷら”(さつまあげ)で有名な港町である。 街の中心を潜り抜けフェリー乗り場に着いた。 この船にサンバーは乗る。 予約はしてないが本数もそこそこあり船も小さくはないので大丈夫だろう。 30分後洋上のサンバーとなった。
「何とか間に合ったね! 良かった。 ふ〜〜〜」
「お疲れ様。 ありがとう。 この船は2時間半乗るから少し寝られるよ。 休んで」
「そうする。」
船は海流の激しい豊後水道を西へと進んだ。 1時間位寝ただろうか左側に岬が見える。
「あそこが関アジ、関サバで有名なとこね!! 」
食べ物のこと考えるのが一番の幸せの真理子。 少しはまだ体調に余裕があるようだ。 よく通るけどここの名物のそれらは食べたことはない。
「今度食べに来ようか! 治ったら」
「・・ん」
目を細めながら髪をなびかせている。 深い深い海の青が心に残る。
船はいよいよ別府湾に入った。 速度を落とし始めたようだ。 遠くにあちこちから上がる湯煙が見える。 いつもならとっくに温泉気分なのだが今回は急遽の九州なので余り実感がない。
「やっと着いたね。」
「今回はこんな形の九州だけど、ま〜今日泊まるとこも温泉だし取り敢えず楽しみましょ」
「・・で、何処泊まるの?」
「鉄輪(かんなわ)地区の“さかいや”ってとこ。 素泊まりよ。」
「OK! 飯はその辺で食べるか」
その宿はすぐに分かった。 この鉄輪には2年位前に来た事があり“洋光荘”と言う宿に2泊した事がある。 そこは主に湯治客が利用する宿で敷地の中に地獄があり自由に調理して長期滞在するようだ。 地獄と言うのは地下から吹き上げる蒸気を引いた天然の蒸し窯のことだ。 ここに食材を入れておくと自動的に蒸し上がる。 漢方の世界でも蒸すと言うのはとても体に良い調理法らしい。
しかし残念ながら“さかいや”にも地獄は有ったが素泊まり客は使えないらしい。
「地獄はダメみたいだけど今回はいいよね? どっかで食べよ? ね〜その前に近くに最近新しくなったらしい蒸し湯に行かない? すぐそこだし」
「行こう、行こう! しかしそんな情報良く知ってるね! 大したもんだ!!」
蒸し湯は宿から数分のとこにあった。 2年前に来た時とは大きく変わっていて随分と綺麗になっていた。 逆に少し味気無くなってしまったかも知れない。
「・・・ちょっと残念ね。 でも、あそこに“足蒸し湯”があるみたいよ。 やってみようよ」
一列に5人位が座れる椅子が有ってそれぞれの椅子の前には木のふたがある。 木の蓋を取ると空間が現れる。 温かい蒸気がゆらゆらと立ち上る。 そこに膝まで足を入れて先ほどの蓋を膝の上に置く。 その蓋は足の曲線に合うように細工されている。
実に気持ち良い。 大地の蒸気が体中の毒を足から蒸し出しているのが分かる。
「足には色んなつぼがあるじゃない? ここを刺激したり温めたりすると身体に良いのよね〜〜」
真理子は結構長い時間足蒸し湯をやっていた。 その足蒸し湯がその夜劇的な変化をもたらすのである。
つづく・・・

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