Diaries of Ghosts

忘却の川へ流れ去る諸々をしばしこの岸辺に繋ぎとめて..日記についての日記、もしくは不在の人への手紙。

 

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投稿者:anne
イネムリネコさん、こちらの方こそお返事を有難うございます。
「赤毛のアン」の作者モンゴメリは、牧師夫人でした。1900年代初頭であった当時、牧師夫人という役割は、村の中でも特に人々の関心の的であり、ある意味ではとても責任ある立場を担っていました。
保守的な村の住民たちに受け入れてもらうためには、モンゴメリは、常に良き妻であり、良き母であり、女性たちの良きリーダー的存在を演じていく必要があったのです。何を書くにしても、彼女は牧師夫人であるという自分の立場を考慮せざるを得なかったのです。
確かに、彼女が自由に小説を書いていたら、どんな小説になっていただろうと気になりますよね。素晴しい想像力と自由な精神によって、まったく別の物語世界が描き出されていたかもしれません。けれども「赤毛のアン」もやっぱり素敵な物語なんですよ。
投稿者:イネムリネコ
Anneさん。コメントありがとうございます。
アンは読んだことがないのですが、少女が読んでそこに何がしかの教訓を感じるお話なのでしょうか。想像ですがたぶんそうじゃないんじゃないかなと思います。でなければ、あれほどの人気を得ることにはならなかったんじゃないかと。教訓と言うのは、大人の側の勝手なルールなんでしょうね。それを物語に込めるのも大人なら、それを物語から読み取るのも大人です。モンゴメリのお話も興味深いですね。彼女が思いっ切り自由にお話を書いたとしたら、どんな物語や主人公が生み出されたことでしょう。
投稿者:anne
「少女小説から世界が見える」の本を検索していたものです。偶然、イネムリネコさんの日記を読ませて頂きました。素晴しいですね!
私は赤毛のアンに多大な影響を受けた、“数少ない?”文学少女です。
ところで、教訓的といえば「赤毛のアン」の作者であるモンゴメリ自身はこのように語っています。「私は、子供を対象とした物語を多く書いている。書くことは好きだけれど、殆どいつも教訓を入れなければならないという義務がなければ、もっと良いのに。けれど、教訓を入れない事には売れないし。私が書きたいと願う、そして当然ながら読みたいと思う、子供向けの作品は、素敵で派手な物語であって、芸術のための芸術、否、むしろ、楽しみのための楽しみ、というような作品で、スプーン一杯のジャムの隠し味みたいに、教訓がどこか陰険に潜んでいるものなどではない。でも、若い人に作品を提供する編集者の連中はあんまり自分のことを大真面目に考えすぎるので、そんなことはとんでもないことだということになり、教訓がどうしても入り込んでしまうのだ」
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