2006/5/13
連休前に買った本の中に『少女小説から世界が見える ペリーヌはなぜ英語が話せたか』(川端有子著、河出書房新社)という本があって、それは結局連休の間読まれることなく机の上に積まれたままだったのだが、今日それを手にとって読み始めたら、面白くて全部読んでしまった。
そこで論じられているのが、順に『若草物語』1868、『家なき娘』1893、『小公女』1905、『赤毛のアン』1908、『あしながおじさん』1912という少女小説といえば定番のラインナップであり、時系列にそって読んでいくうちにそれらの作品が一連のものとして深く関係しあっていることが、著者の明快な論旨と理路整然とした文章によって浮かび上がる趣向となっている。
加えて著者自身がおそらく少女時代それらの作品を読み耽ってきたのだろう。読みのなかに個々の作品への愛が感じられるとともに、この書物自体の構成と編集デザインに工夫がこらされ、それぞれの作品のあらすじや作者紹介、作品の歴史的背景、副主題的なコラムなど、解説の部分も充実しているものだから、わたしのようにこれらの作品をまだ一度もまともに読んだことがない人間にとっても非常に読みやすい丁寧なつくりの本となっている。
著者によれば、これらの作品の主人公たちは、みな本国から離れた辺境育ちの外国語を話すバイリンガルで、持ち前の自由な気風で現実に対して立ち向かっていく気の強さを有し、なおかつ親から引き離された孤児であるという共通点を持つという。彼女たちは当時の規範からは逸脱した存在、いわばマージナルな境界人なのだ。だからこそ読む側も、思い通りにならない現実と将来への希望、夢と不安、内面の自由と外部の規制のはざまで揺れ動く主人公たちの気持ちに感情移入しながら物語を読み進めることになるだろう。いわば、読み手の側の少女のマージナルな性格と物語の主人公のマージナルな性格が共鳴することで、物語の受容が成立する。
著者のクリティカルな視点によれば、それらの主人公がそういった共通の性格を帯びるのは決して偶然ではなく、当時の社会状況や歴史的背景から理由づけが可能であること、それらの物語はすべて教育的な家庭小説とファミリーロマンスの枠組みの中におさまってしまうという。そして主人公が物語の中でいかに自由な精神とアグレッシブな行動力で物事を変革していったとしても、最終的には現行の社会体制のなかに回収されながらのハッピーエンドを迎えざるをえない物語としてあるという。さらに、これら少女小説の黄金時代の終焉を告げるのが第一次世界大戦すなわち戦争であり、それはもはやこれらの少女小説にエンド・オブ・イノセンスの時の鐘を告げるとともに、もう無垢ではいられない幼年期の終りを迎えることになるとしめくくられる。
この本を読んでわかるのは、少女小説も近代小説であるということだろうか。そして面白いことに、これらの少女たちが物語のなかで自ら書きはじめることが多いということである。『あしながおじさん』などは、主人公が物語の中で熱心に日記を書く。主人公が日記を書くということ、そしてその物語が一人称のナラティブで進行するということ、読者は主人公の視点と内面に一体化しつつ、外の視線として作品に参加する。それは私小説のはじまりでもある。
このような本を読むと、これら少女小説(少年小説であってもいいのだが)の系譜も一度はおさらいしたいような気持ちになる。
以前、金井美恵子の『噂の娘』のなかにバーネットの『秘密の花園』が挿話としてはさまれていて、つい興味を覚えて原作を図書館で借りて読んだのだけれど(児童書架にあったその本を借りるのは少し勇気がいったのだが)、原作自体はいわゆる主人公メアリーの成長物語で、それほど面白いものとは感じなかった。それよりも、『噂の娘』での金井美恵子のその物語の小説内でのとり上げ方に興味を覚えたのである。そのような読み方が金井美恵子の読み方なんだということがわかって面白かったのだ。
若い頃の金井美恵子はまた、『赤毛のアン』について皮肉な調子で次のように書いてもいる。
アンの小さな数々の夢は、決して、夢の持つ本質的な悪夢性を開示することはなく、少年少女のための小説であろうと大人の小説であろうと、物語というものがその本質的性格として所有しているはずの〈悪夢性〉の開示のまったくない小説として、これは、安心しておすすめ出来る同じ傾向のいくつかの家庭的な少女小説と同じように、永遠に少女によって読みつがれるべき名作であることに違いはない...とにかく...ここには物語の持つ夢魔の魅惑というものが不在している。
(「ありきたりの体験 赤毛のアン」金井美恵子『添寝の悪夢 午睡の夢』)
子どもの頃を思い出す。物語を読んでいて面白かったのは、実際に自分がいる場所から遠く離れてその世界へ飛んでいくことができ、全く別の人間として存在できて、幻想や冒険に満ちた永遠に夏休みのような世界を生きることができたからなのだ。だからこそ、見知らぬ世界に孤児として投げ出されたような主人公のほうが、かれらの不安にわたしの感情を重ねることができて面白いのだ。教訓的とかためになるということはどうでもよいことで、要はいかにその世界に浸ることができるかだったはずだ。その意味で、その物語がこどもの成長を考えてつくられていようが、体制順応の装置として機能してようが、読み手にとってはおかまいなし、読み手というのは子どもも含めて極めて勝手な存在なのである。
さて、これらの少女小説はいまでも熱心に現代の少女たちに読まれているのだろうか。意外と少ないのではないかと思う。果たしていま、文学少女などという言葉が使われることがあるのだろうか。少し前に、斉藤美奈子の編集で『L文学完全読本』という女性文学のブックガイドがあったが、そのなかで、現代のL文学を支えている読者層の子ども時代にこれらの少女小説にはまった経験が多いと述べられていた。そこからコバルトや少女漫画を経由して、作家小説にたどりつくというパターンだっただろうか。
少女小説が読まれなくなったとき、そのときは、文学少女も、そして少女さえもこの世から消滅してしまうのではないかと思ってしまうのはわたしだけだろうか。
子ども時代の、現実と物語の区別のない無意識と無時間の中で永遠に続きそうな午睡の時間をまどろむ自由のかわりに、私たちが手に入れたものの価値は、ある意味では大きいのかもしれない。けれど、性急な結論は出さないでおこう。しばらく私たちは、現実と物語が一体化したがらくたの無秩序な楽園から、どうやって追放されたのかあるいはどうして自ら楽園を出て来てしまったのかについて考えなくてはならない。
(「子どもの読書」金井美恵子、前掲書)
子どもの時に読んだ作品に仕かけられた謎が、わたしたちを書物の世界へ導き入れる。すべての子どもが物語を読むことによって書くことをはじめようとするわけではないにしても、物語はそれ自体ひとつの魅惑として、読者(子どもでも大人でも)をここからもう一つの現実へ連れ去ってしまうものでなくてはならないのだ。
(「少年少女小説について」金井美恵子、前掲書)

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投稿者:anne
イネムリネコさん、こちらの方こそお返事を有難うございます。
「赤毛のアン」の作者モンゴメリは、牧師夫人でした。1900年代初頭であった当時、牧師夫人という役割は、村の中でも特に人々の関心の的であり、ある意味ではとても責任ある立場を担っていました。
保守的な村の住民たちに受け入れてもらうためには、モンゴメリは、常に良き妻であり、良き母であり、女性たちの良きリーダー的存在を演じていく必要があったのです。何を書くにしても、彼女は牧師夫人であるという自分の立場を考慮せざるを得なかったのです。
確かに、彼女が自由に小説を書いていたら、どんな小説になっていただろうと気になりますよね。素晴しい想像力と自由な精神によって、まったく別の物語世界が描き出されていたかもしれません。けれども「赤毛のアン」もやっぱり素敵な物語なんですよ。
投稿者:イネムリネコ
Anneさん。コメントありがとうございます。
アンは読んだことがないのですが、少女が読んでそこに何がしかの教訓を感じるお話なのでしょうか。想像ですがたぶんそうじゃないんじゃないかなと思います。でなければ、あれほどの人気を得ることにはならなかったんじゃないかと。教訓と言うのは、大人の側の勝手なルールなんでしょうね。それを物語に込めるのも大人なら、それを物語から読み取るのも大人です。モンゴメリのお話も興味深いですね。彼女が思いっ切り自由にお話を書いたとしたら、どんな物語や主人公が生み出されたことでしょう。
投稿者:anne
「少女小説から世界が見える」の本を検索していたものです。偶然、イネムリネコさんの日記を読ませて頂きました。素晴しいですね!
私は赤毛のアンに多大な影響を受けた、“数少ない?”文学少女です。
ところで、教訓的といえば「赤毛のアン」の作者であるモンゴメリ自身はこのように語っています。「私は、子供を対象とした物語を多く書いている。書くことは好きだけれど、殆どいつも教訓を入れなければならないという義務がなければ、もっと良いのに。けれど、教訓を入れない事には売れないし。私が書きたいと願う、そして当然ながら読みたいと思う、子供向けの作品は、素敵で派手な物語であって、芸術のための芸術、否、むしろ、楽しみのための楽しみ、というような作品で、スプーン一杯のジャムの隠し味みたいに、教訓がどこか陰険に潜んでいるものなどではない。でも、若い人に作品を提供する編集者の連中はあんまり自分のことを大真面目に考えすぎるので、そんなことはとんでもないことだということになり、教訓がどうしても入り込んでしまうのだ」