シド・バレット、その天才と背中合わせの狂気、カリスマ的なアーティストとして自由を求めながら、現実との折り合いがつかずズタズタに擦り切れてしまった神経、アシッドとサイケデリックの時空にいまも留まる死に損ないの狂ったダイアモンド。でも、初めて見た生身の彼の映像のなかで、彼の表情はいつも静謐で、眼差しはどこまでも美しく澄んでいた。「君がここにいてくれたら―WISH YOU WERE HERE...」と歌うロジャーの詞に込められたものが、そのとき痛いほど伝わってきたのである。
シドはその後、7年ぶりかに『炎』録音中のアビイ・ロードのスタジオにピンク・フロイドのメンバーを訪ねてきたという。しかし、すでにもう彼の中から音楽は失われてしまっていた。しかし、1967年のシドのピンク・フロイドがあったからこそ、『狂気』以降の彼らもあったのだ。「Dark Side of The Moon」それはつまり、人間のこころの一面としての狂気であり、誰のこころにもそれは存在するのだということ。そして「シド・バレット」自身は永久に不在のまま、神話の中に存在し続ける。彼が夜と夜明けの閾に佇みながら笛を吹いているのがいまも聞こえる。