Diaries of Ghosts

忘却の川へ流れ去る諸々をしばしこの岸辺に繋ぎとめて..日記についての日記、もしくは不在の人への手紙。

 

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投稿者:イネムリネコ
なまえのない森では、生き物と死んだものとの区別もないのだとしたら、
真っ先に好きな人形を連れて入ればいいんですね。

そこでは、人形がわたしそっくりになるのか
それとも、わたしが人形そっくりになるのか

いずれにせよ、幸福にいつまでもくるくると踊り続けるのでしょう。
フェリーニのカザノバのように。
投稿者:nishico
誰かさんがが言っていた神様と遊ぶアルマとは画家ココシュカの元の妻で、彼女が去ったあとココシュカはアルマそっくりの人形を作り出し愛撫したという逸話を残しています。

澁澤龍彦はデカルトが亡くなった愛娘を模して作った人形を持ち歩く話をこの本でしていますね。

なまえのない森には、(決してそのまま「自分」ではなく)「人形にとっての自分」、しか入れないのでしょうか。
まさにナルシシストの心のレンズです。

私にとってその人形とは、自己と呼ばれるものかもしれないですね。
もうすっかり感情移入してしまって。



その人は本当に本当に恋人が愛おしいのでしょう。
森なんて逃げだして、好きな人の名前を呼びたいのでしょう。
だってまだその人、名前って、呼ぶ以外の使い方を知らないみたいですから。
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