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バレンタインの存在意義  

こんにちは。
テストに向けて二徹を行い、本日11時間睡眠を敢行した1年林です。

テストが終わり、水泳部最大のイベントが近づいてきましたね。
そうです。バレンタインです。

合宿は黙殺します。

自分はこのバレンタインというものの存在意義について、強い疑問を抱いています。果たしてこのイベントは必要なものなのか。誰が何の得をしているのか、と。
まず、世の中の人々を3つにタイプ分けしてみます。
@単なるリア充
Aケンカ続きで倦怠期なカップル
C一生彼女ができない非リア充
この3つにタイプ分けされます。
おそらく比率的には@3割、A1割、B6割程度だと言えます。
これを踏まえてバレンタインの存在意義を問うてみます。

まず、Bの人について、誕生当時のバレンタインにおいては日ごろ告白することができない女性が勇気を出して好きな男性へするイベントとして需要を持っていました。そこでは「は、林くんっ!じ、実は私、君のこと...」といった微笑ましい光景が見られたものです。
しかし現代のバレンタインの文化において、そのような光景は「友チョコ」というグラードン、カイオーガに匹敵する敵によって阻まれています。ただ女性が仲の良い女性にチョコを渡して満足するだけのイベントと化してしまったわけですね。このような状況において、非リアの皆さんは来もしないチョコに期待し、それに失望するだけのイベントとなってしまいました。

次に、@のリア充について、バレンタインはお互いの愛情を確認するイベントへと様変わりするわけですが、そもそもリア充というのは年がら年中なにかにつけて記念日を作ってお祝いしているわけです。クリスマスを始め、一カ月ごとの記念日とか、誕生日とかですね。いや、そもそも記念日なんて必要なく日曜日はお祝いしていることでしょう。さらに祝日もお祝いしているわけですね。建国記念日祝いデートとかしちゃってるわけです。
そのことを考えますと、バレンタインなんていうBの非リアを失望させるイベントなんてなくても普段からお祝いしちゃってるわけですから、そもそもバレンタインなんていうイベントはいらないという結論に至りますね。

最後に残るのはAの、ケンカ続きで倦怠期のリア充だけになるわけです。これについては、一見仲直りするためのイベントとして需要があるように思えるのですが、女という生き物はそもそも自分から仲直りを提案するほど優しい生き物ではありませんから、バレンタインを契機として仲直りを提案するような女は万に一つもいるわけがないですから、倦怠期のカップルの女性が仲直りのチョコを渡すわけがないですね。したがって、Aの人においても、バレンタインは仲直りをしたいと考えている男性が失望するだけのイベントという結論に至ります。

以上から、バレンタインは誰にとっても需要を持たないイベントということが証明されたわけです。皆さんもバレンタインなどというイベントにつまらぬ悩みを抱くくらいなら、合宿に向けて気合いを入れた方が賢明だと言えます。
自分にとって今までの合宿は、
林「先生、体調があまり良くないんですけど...」
先生「熱でも測ってみろ」
林「38.7℃でした」
先生「...練習後は体が熱を持っているから体温も高く出るものだ、他のやつ測ってみろ」
友人「36.0℃でーす!(無駄なハイテンション)」
先生「...コイツが頑張っていないだけだ、早く次の練習行け(三度練)」
と言われ、50×10×4を死にそうな思いでやった翌日、41℃のインフルエンザで倒れたというような地獄の思い出しかないので、今年の合宿は楽しく過ごしたいものです。

次は冬学期GPAヨン様(GPA4.0)の期待がかかる戸田くんに回したいと思います。よろしくお願いします。
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