【2009年5月のテーマ 旅05】
「わあ!」
思わず紙芝居師の少女は声をあげてしまった。
岩盤の頂上から見える光景に圧倒されてしまったからだ。
商売柄、たいていの珍しいもの、素晴らしいもの、美しいものを見たことがある。だから、並大抵のことでプカプカがこんな風に声をあげることはない。
珍しいものには感心するし、美しいものには感動もする。
だが、圧倒されるということは滅多にない。
いつのまにか、プカプカはずいぶんと高いところに登ってきてしまっていたようなのだ。岩盤の頂上からは、周囲何十ダーリも先までも見通せた。
といっても、その多くはさっき穴の入り口をおおっていたような白い霞で覆われて、視界の果てまで続いている……。
「まるで海みたい……」
大河は何度も往復したが、まだプカプカは海というものを見たことがない。
大河よりも広く拡がる水。それは流れではなく、波立つのだという。
地平まで続くかすみの白い広がりは、話に聞いた海を思わせた。
「海ってこんななのかしらね……」
そのかすみの海に、空の雲の切れ間から、光が幾筋も差し込む。その光を浴びて、かすみの海はきらきらと輝いた。
「きれい……」
紙芝居師の少女はうっとりと眼下の光景に見惚れた。
「これは、もしかしてご褒美かな」
自分の悪態への仕返しにしては、さっきまでの雨はやり過ぎたと、雲の神が用意してくれたのかもしれない。
これだから旅はやめられない。
プカプカは空に向かって大きく伸びをした。
おしまい

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