【聖都物語 試編2 18】
蛾は蜘蛛の巣にひっかかったまま、ぱたぱたと羽ばたき続けている。
「食われていない……んですね」
「この蛾だけじゃない。死んだ蛾もいるが、巣にかかっている蛾という蛾……いや、ほかの虫もいるがね、とにかくそのほとんどが蜘蛛に食われた形跡がないのさ」
「こんなに蜘蛛の巣があるのに? 蜘蛛は……」
僕は目を細めた。といってそのくらいのことでは、小さな蜘蛛を見つけるのは難しい。代わりに先生が答えてくれた。
「いないんだよ。これだけ蜘蛛の巣はあるが、肝心の主は、例の神も含めていなくなっている……、まあ神がいなくなったので、蜘蛛どももいなくなったと見るべきなんだろうな」
「蜘蛛が餌を食べなかったことと、ミグさんがあの神に憑かれたことと、なにか関係があるんでしょうか?」
僕の質問にイレイ先生は首を振った。
「今のところはなんとも言えん。だが、蜘蛛の様子が普通でないらしいことは憶えておくべきだろうな。私は神殿に行く。お前はミグちゃんのところに戻ってやるといい」
「大神殿ですか?」
「私の庵には、蜘蛛を調べた文献なんてないからね」
大神殿の書庫なら、そういう文献があるかもしれない、というのだ。僕はうなずいた。
「僕はいかなくて大丈夫ですか?」
「なにかわかったら使いを出すよ。あまり離れっぱなしになるわけにもいかんだろうし……」
「どうしてそう思うんですか」
「ヌアット」
先生がじっと僕を見つめる。
「学士に必要なものはなんだと思う?」
「知識……ですか?」
「そんなものは、詰め込めばどうとでもなる。学士とただの物知りを分けるもの、それは直感と想像力だ」
「直感と……想像力……」
「その直感が私に言うんだ。お前はしばらくミグちゃんに貼りついていて、様子を見ていた方がいいってね」
「わ、わかりました」
僕らは途中まで帰路を連れ立って、その後二手に分かれた。
つづく

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