『カライの勇者たち 〈首斬り〉のシャク』
カヤクタナ王国の東のはずれ、クンカァンとの境となるカライ川。
その岸辺では、今日も荒らし回る野盗たちとカライ城の守備兵たちとの攻防が続いていた。
※架空世界カナン・オリジナルミニチュアシリーズ、メタルさんのキャラクターたちのおはなしです。
カライ周辺図
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10隻もの襲撃船が次々に岸に乗り上げる。
と、同時に、船縁が水面にかかりそうなほどめいっぱいに乗り組んだ野盗たちがわっとばかりに岸へと降り立った。
「そーれ奪えぇ! 根こそぎ持ち帰るぞぉ!」
ほとんどは裸同然、中には略奪品の鎧を着けた者もいるが、たいていは貧弱な武装の野盗たちだ。だが、その手にした武器はこれまでにたっぷりと血を吸ってきている。相手がろくに戦う術を知らない漁民農民であれば、そんな装備でも充分なのだ。
目の前には無防備の漁村がある。
彼らは存分に殺し、そして奪うだろう。欲望に猛った野獣たちが濡れた地面を走る。
だが、欲に目が眩んでいた彼らは気づいていなかった。
いつもは、彼らの襲撃を知るや悲鳴をあげて逃げ出す村人が、今日は見あたらないことに。
時には家に閉じこもって、彼らをやり過ごそうとする者もいる(そういう者も最後には見つけ出され、念入りになぶり殺しにされるか、家ごと燃やされるのが落ちなのだが)。だからこの静けさも、そういうことなのだろうと自分に信じ込ませた。なにせ、目の前には、殺しと略奪という彼らの最高の娯楽が待っているのだ。細かいことは気にしていられない。
狂喜の雄叫びを上げながら走る彼らに、小さな風切り音が聞こえたかどうか。
野盗のひとりが悲鳴もあげずに脚をもつれさせて転がった。あとに続く数人がそれにけつまずいて倒れる。派手な泥飛沫が上がった。
それが射かけられた矢だと彼らが理解するまでに、さらに2人が倒された。
彼らの走る速度が鈍る。
「畜生! 待ち伏せだ!」
「矢だ、矢を射かけてきやがった!」
それでも足を止めないのは、目の前の略奪という餌があまりに甘美なためだ。即座にきびすを返して逃げ出すには、美味しすぎる獲物なのだ。
「くそう、どこだ! どこか……げぇっ」
射手を探して首を巡らせた野盗が喉に矢を突き立てて弾かれたみたいにその場にひっくり返った。
ここでようやく野盗たちの足が止まる。
「大人しく引き返せ!」
彼らの耳に凛とした女の声。
いつのまにか村の入り口に大きな赤い丸盾がずらりと壁のように並んでいた。その並びの中央に声の主がいた。
「このまま引き返せば命だけは助けてやる!」
男勝りに短く切った髪。額に巻いた鉢がねが曙光を受けてきらりと輝く。抜き放たれた短剣は丸みを帯びた両刃。見まがいようもないカライ城守備隊の武器、カヤクタナで広く使われる〈カヤクタナ風短剣〉だ。
「守備隊だ! 〈首斬り〉のシャクだ!」
ひとりの叫びに野盗たちがどよめく。
そのどよめきにかぶせるように、再び女の声。
「命が惜しければ逃げ帰れ! でなければカライの城壁に首を晒すことになるぞ!」
野盗たちは顔を見あわせた。
だが、自分たちの方が人数が多いことで、「やれる」と思ったか、手に武器を取り直し、再び叫びながら守備隊の方へと殺到した。
守備隊の並べた盾の壁は10枚ばかり。それと較べて野盗たちはその3倍以上の数がいるように見える。だが、土砂崩れのような勢いでぶつかってくる野盗の群を、赤い壁はびくともせずに受け止めた。
次の瞬間、盾にぶつかった野盗の間から次々に悲鳴があがり始める。
盾の隙間から無防備な彼らの胴を狙って、刃が飛び出してくるのだ。どこから突きだしてくるか予想できない刃に、何人もの野盗が腹をえぐられその場に倒れる。どうにかそれを防ごうとしても、盾がぶつかってきて刃を防ぐことも、反撃することもままならない。
それでもどうにか仲間の死体を押しのけ盾の上から斧を振り下ろそうとする者もいる。だが、その斧も結局のところ隣から突き出された別の盾に防がれてしまう。密集した盾の壁は、それぞれ、自分だけでなく、左右隣の者も油断なく守っているのだった。
動きを止められた牛のような状態になった野盗の群に、さらに狙い澄ました矢が左右から射かけられる。
ひとつの大きな固まりのようだった野盗たちは、徐々にばらけて、やがてひとりふたり、そして最後には我先にと逃げ出した。
「かかれ!」
逃げていく野盗を追って、それまでほとんど無言で戦っていた守備兵たちが、雄叫びをあげながら駆け出した。
「ぎゃあああっ」
「助けてくれえ!」
守備兵たちは逃げる野盗たちを容赦なく背後から追いすがり切り倒していく。船に乗って、あるいはそのまま泳いで逃げていくことができたのはほんの数人だった。
あとに残ったのは累々たる死体。
クンカァン側からカライ周辺の村々を襲う野盗は絶えることがない。
クンカァンの地は、貧しいうえに略奪はあまり悪いこととされていないのだ。戦って勝ち取ることが正しいという気風が強い。カナンの傭兵の多くがクンカァン出身だというのはそのせいなのだろう。
「奴らには戦って奪い取る以外、生きる術がないのだろうが……」
短剣を一振りして血を払い、シャクはつぶやいた。
まだ少女を抜け出して間もない若い娘は、しかし野盗どもに〈首斬り〉と怖れられる、守備隊の隊長シャクだ。女だてらに(といっても、女のさむらいは別に珍しくはないが)守備隊を率いて、日々野盗討伐にカライ周辺を駆け回っている。
今日もまた、カライ川の向こう岸で彼女の名前が広まることだろう。
小さく溜息をついて、シャクは部下に聞いた。
「こちらの被害は? ナモットがやられたようだったが……」
「はい。死んだのは奴だけです。あとは傷が重いのが3人いますが命に関わることはないでしょう」
「行軍には?」
「ちと無理ですな。行軍を続けるならここに置いていくことになるかと。……続けるんで?」
「そうだな。いったん中州へ渡ってンヅを見てこようかと思ったんだが……」
「それならいったん砦へ帰った方が」
「最近の野盗は頭がいい。そういう動きを読んで、ンヅを襲うかもしれない」
「かもしれませんが……。この人数じゃ、いつまでもは戦えませんよ」
部下の答えにシャクはまた溜息をついた。
「もう少し外回りに人数を出してくれればいいのだがな」
「ンガュ殿は、自分の手元から離したくないんでしょうよ。兵隊壁の中に埋めていたって、なんの役にも立ちゃしないのに」
部下の愚痴には答えず、シャクは傷ついた兵を見舞いに村の方へと戻っていった。
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