「さよならは言わないよ」 「俺もだ」





  こちらは HN:やや矢野屋 による
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  「宇宙戦艦ヤマト」がメイン 他に「マイマイ新子と千年の魔法」など

2012/3/4

巡り来る春へ 〔古代守・真田志郎 2202年〕  二次創作小説

宇宙戦艦ヤマトの二次創作短編小説です。
二次創作を苦手となさる方はお読みにならないようにお願いいたします。

「新たなる旅立ち」と「ヤマトよ永遠に」との間に位置する話。
捏造設定てんこ盛りです(汗)






遙かな旅路を経て帰還した、故郷の星の夜。
微かに耳に届くのは、風の音ばかり。


地球到着後、一時的な住まいとして与えられたこの部屋は、ごく普通の官舎の最上階にある―――もっとも、同じ階に他の居住者が全くいないという状態を、普通と呼んでいいものならば。それに、外出を制限されているので知りようがないのだが、はたして下の階に居住者がいるのかも疑わしい。
(それとも、よほど防音がしっかりしているのか、だ)
ソファに腰掛けた守は、皮肉な思いに唇の端を上げた。
この建物の玄関には、内と外の両方に電子式の個人識別キーが設置してある。試してみたことはないが、おそらくそのリストに自分の眼底の情報は入っていないだろう。努めて考えないようにはしていても、「軟禁のための部屋」という言葉が頭をよぎる。
(仕方のない話なんだろうな。俺は死んだ筈の者だったんだから)


西暦2200年、ヤマトがイスカンダルから帰還した後も、相変わらず自分は「冥王星会戦で戦死した」ということになっていたようだ。正規の手続きなど踏みようがなかったとはいえ、軍務に戻るべきところを勝手に離脱して異星に残った守に対して、それが上層部として精いっぱいの温情であったのだろう。
だが、その配慮が仇となった。今回の事は、守の問題だけではない。降って湧いた「地球の恩人の忘れ形見」をどう遇すればよいのか、軍だけに留まらず、おそらくは大統領府まで巻き込んで愁眉の的となっているだろう。
ふと、奇妙な感慨にとらわれる。運命に弄ばれるだけの無力な自分と、その頼りない父より他に頼るものなき小さなサーシャ。この広大無辺な宇宙の中で、自分たち父子ほど弱くまた寄る辺ない存在はないように思えるのに、一惑星の政府までもがその処遇を巡って苦慮している。


サーシャは隣室で眠っている。地球にやってきてからは、お気に入りとなった絵本の読み聞かせをしてやり、「おやすみ」を言って灯りを消すと、少し傍についているうちにスヤスヤと寝息を立て始める。その「手のかからなさ」が、かえって不憫に思われてならない。
(どんなに泣き叫んでもスターシャは戻ってこないと、悟ってしまったんだろうか。こんなに小さいのに)
進とともに時折訪ねてくる雪のことは、既にスターシャと思いこんではいないようだ。離れる時に駄々をこねることもない。今の心配は、いずれやって来る「急成長期」と、それがサーシャの心身にどんな影響を及ぼすかである。
その調査のため、明日―――サーシャは守の元を離れ、真田が腐心して人選した医師・専門家グループに預けられることになっていた。


消滅したイスカンダルを離れ、地球への帰途についた航海で、守がサーシャの事情を打ち明けることが出来たのは、結局真田ただ一人であった。肉親とはいえ、自分が地球を離れている間に過酷な戦いをくぐり抜けてきた弟に共に負わすことは、どうしても躊躇われた。弟や同胞達に力を貸すどころか、地球の苦境を知ることすらなかったことへの申し訳なさも影響していたのかもしれない。
「けっして、いい加減な気持ちで関わってくるような者は選んでいない。俺を信用してくれ、古代。」
イスカンダルの保育カプセルは情報の宝庫であった。イスカンダル由来の技術については第一人者である真田の的確な分析で、急成長期の時期及び保たねばならない条件については、ほぼ解明が終わっていた。
しかし、いくら優秀な真田とはいえ、医学について専門的な知識を持っているわけではない。それに、サーシャの健康を維持していくためには、豊富な臨床経験と柔軟な対応能力が必要とされるだろう。医療どころか子育てに関わったこともない真田が、異星人の血を受けたサーシャの生育をすべて把握できるはずもない。
(俺はこの子を、他の奴らの好奇の目に晒したくないんだ……頼む、真田)
自分の願いを叶えようと、真田がどれほど心を砕いてくれたことか。守もそれはわかっている。そして、サーシャのためを思えばこそ、真田は自ら上層部や信頼のおける専門家に働きかけ、極秘のプロジェクトとして立ち上げた。
この地球で、サーシャに幸福な人生を全うさせるための、これが第一歩なのだ。


死の淵から甦った、この青い地球で―――


母なる大地を踏みしめ、青い空の下で生きていく。
それは、ガミラスの攻撃に晒されながらの、全人類の悲願であった。後退に次ぐ後退を余儀なくされようとも、どんなに実現が困難に思われても、その願いは人々の心から消えることがなかった。
イスカンダルからもたらされたコスモ・クリーナーによる浄化、さらに、気象・土壌・生物、各分野にかかわる人々の努力により、地球にはふたたび青い海が戻っていた。その姿を、初めてヤマトの船窓から眺めた時―――守は、頬に流れる涙を堪えることができなかった。
イスカンダルの消滅と、スターシャの死。悲痛な運命の末にもたらされた「故郷への帰還」ではあったが、それでも、地球は美しかった。


そして、その美しさこそ、守が愛し、ともに幸福をと願ったその人―――今は亡きスターシャの存在の証であった。
彼女の呼びかけと助力、その妹サーシャの犠牲。それらが無くして、今の地球の繁栄は有り得ない。


一度その姿を思い浮かべてしまえば―――彼女の面影が次々に脳裏をよぎることを、守は止められなかった。
ようやく床から離れられるほどに体力が回復した時。外の景色が見たいといった自分を、スターシャは医療エリアのバルコニーへ伴った。
そこで初めて見た、夕暮れの空に浮かぶガミラス星。大きな裂け目から鈍く光る地下空洞を覗かせていた、禍々しい星。
イスカンダルに残ることを選んだ後、時折墓参に付き添って墓地へ向かった時も、頭上には常にガミラスが浮かんでいた。
(あの惑星が許せませんか?守)
その星を見上げた時、自分の顔に浮かんだ翳りを、彼女は見落とさなかった。


(あの星は……ガミラスの人々は、自ら呼び込んだ運命とはいえ、命脈を断たれてしまいました。もちろん、他星人を劣等民族とみなして虐殺したのですから、当然の報いかもしれません。でも、私は………)
目を伏せるスターシャは、この上もなく美しかった。
(彼らもまた、悲しみを抱えながら生きていたことを理解したいのです。それができるのも、今となってはこの宇宙で私だけでしょう。たとえ、他星にとっては悪魔のような略奪者であったとしても、私には……同じ太陽の恩恵を受ける、兄弟星の人々だったのですから)
寂しげに微笑んだスターシャには、既にわかっていたのかもしれない。異星人である守には、慮ることは出来てもけっして心を一には為し得ないことが。
(私にとっては、イスカンダルの大地と、天空にあるガミラス……二つながらに、懐かしく慕わしい故郷の姿なのです)


(付き添ってくださってありがとう、守。ですが、ここから先は私だけで……)
サーシャの墓までは同行することが出来たが、さらに奥へ向かう時、スターシャはなにものにも侵しがたい神秘的な微笑みを浮かべてやんわりと拒んだ。
あの奥津城で、彼女はイスカンダルの女王としての務めを果たしていたのだろう。滅亡に向かう星と、そこに生きとし生けるもののための祈り。そしておそらくは、破滅を迎えてしまった双子星のためにも―――   


(ガミラスの敵星士官である私をかくまっていては、あなたのお立場が悪くなるのではないですか?)
(……私は、自国の宙域で漂流者を救助しただけです。あなたと一緒に救助したガミラス将兵は、十分な手当てを施した後に帰国させました。ですが、無体な扱いを受けるとわかっている捕虜までも同行させる謂われはありません)
スターシャの住まう宮殿で初めて意識を取り戻した時、彼女の身を案じた自分に、かの女王は凛とした表情できっぱりと言い切った。
(どうぞ、御安心なさってください。ガミラス人が私に危害を加えるなどということは、けっしてありません)
故障して自星宙域を漂流していたとはいえ、大気圏外にあった他星の輸送艦を捕獲したことからして、イスカンダルの科学力がガミラスを上回るものであることは容易に想像できた。だが、そうは言っても所詮ただ一人の女性が守る星なのである。精神的な禁忌でもない限り、あの苛烈な軍事国家ガミラスが、ヤマトを支援するスターシャに対し何一つ有効な手段を講じないでいた理由が考えつかない。
もっとも、個人的な感情としては―――暗黒星団帝国との戦いのさなかに、ガミラスの総統が自らスターシャへの想いを吐露したが、あのように切羽詰まった状況下ならいざ知らず、そうした個人の事情で一星の種族の運命を左右する愚を犯していたとも思えない。
(彼女は、イスカンダルとガミラスの両星をいつき祭る、斎女王だったのだろうか)
なればこそ、スターシャは最後までイスカンダルを離れなかったのかもしれない。兄弟星と太陽サンザーから切り離され、いずれ死が待つのみだったイスカンダル。あの星の上に、なおも生きていた数多の生命―――動植物から微生物に至るまで、それらすべてに同道して、彼女は宇宙の根源へと還ってしまった。
(―――スターシャ!)
最後に見た、柔らかな彼女の微笑みが瞼に浮かぶ。


振り返っていざなった自分の目の前で厚い金属のドアに遮られ、そのまま永久に隔てられてしまったスターシャの微笑み。
慣性制御が働いていてもなお打ち消しきれない上昇加速の衝撃に足元がグラグラと揺れ、終いには保育器の中のサーシャを懸命に抱きしめたまま横たわっていた脱出カプセルの床の感触。
身体に伝わってきた振動までもが、生々しく甦ってくる。
(……だめだ…!)
悔恨の刃が、また膾のように自分を切り刻もうとしている。


いつも一緒にいる、と。ヤマトの第一艦橋で最後に聞いた彼女のメッセージを、しかし、守は肯んぜない。
(俺は、まだ君のことを理解できないでいる。君の選択を認めきれないでいる。そんな俺の傍に、君がいてくれる筈がない……!)







「じゃあ、よろしく頼む。」
朝食を食べたあと、なおもうつらうつらしてているサーシャを、迎えにやってきた真田の腕に渡した。
「ああ、ちゃんとベビーシートも借りてきたからな。安全運転で行くよ。」
真田の硬い腕に抱かれても、サーシャはむずがりもしない。違和感よりは眠気の方が勝っているようだ。真田は眉を顰めた。
「……昨日もこんな様子だったのか?」
「いや、食欲もあったし、よく遊んでいたよ。こんなのは、俺も初めて見る。」
「睡眠期が近づいているのか……対応が後手に回らないためには、ギリギリの時期かもしれんな。」
険しい表情を浮かべて呟いた真田は、守の視線を避けるように目を伏せた。
「大事な時期に、こんな小さな子を、親から離して一人きりにするなんて…付き添ってやりたいよな。すまん、俺の力不足だ。こんな有様で、安心してくれなんて言うのは図々しいが……」
真田のこの言葉を聞くのも、いったい何度目だろうと、思わず守はくすりと笑った。
「しょうがない、お前より偉いヤツがごまんといるんだろ?お前が懲戒免職くらってなかっただけ、めっけもんだったと思ってるさ。」
守たち父子には藤堂長官も配慮を示しているとのことだが、真田は彼の権限以上の便宜を図ってくれているのだ。それでも、幼子の検査入院の時すら守がこの部屋から出られないことを、真田はずっと詫びていた。


「どんな小さなことでも、わかり次第すぐに連絡する。端末を向こうのカメラに繋いでおいたから、サーシャの様子はそれでチェックできる。お前も、気になることがあったら、何でも伝えてくれ。」
「わかってる、遠慮なんかするもんか。うるさく嘴を挟むからな、覚悟しておけよ。」
笑いながらサーシャの髪を撫で、ついでのようにさり気なく告げる。
「……三日後、出頭だ。」
真田が、ハッと顔を上げる。
「それが終われば、少なくとも何をしなきゃいけないのかがハッキリする。こんな宙ぶらりんな状態とはおさらばだ。ようやく楽になれるってわけさ。」
複雑な色を湛えた真田の瞳をしっかりと見返し、力強く頷くと、守は二人を部屋の外へと送り出した。



サーシャと離れてから、三日目の朝。
ネクタイなど締めたのは何時以来だろう。髪を軽く撫で付けると、守は真田に借りたチャコールグレイのスーツの袖に腕を通した。旧日本艦隊の制服を着ていきたかったが、人目に付かぬようにとの達しを受けていた。
「あまり似合わないな、その色は。」
「だが、サイズはピッタリだ。ありがとう。」
苦笑する真田に笑顔を返し、襟を正してボタンを留めた。査問委員会がどのような結論を出そうと、甘んじて受け入れる覚悟はできている。唯一の気がかりであったサーシャのことも、真田の計らいに任せておけば大丈夫だろう。
(すべき事さえはっきりすれば、後は全力で事に当たるだけだ)
それが性分というよりも、自分にはそれしかできないのだ。器以上の運命を受け止めかねて悩むのは、いい加減終わりにしよう。


「もっとすっきりした色の方が似合うが、全体的には悪くないな。惚れ惚れするような男ぶりだぞ。」
「お世辞か?お前も世渡りが上手くなったな。」
真田にしては珍しい軽口に、苦笑で返す。だが、真田は真剣な口調で続けた。
「その男ぶりでお偉方を圧倒してやれ。過ぎたことは、誠実に償えばいい。お前は、これからもずっと事を成せる男なんだ。そろそろ、『自信満々の古代守』に戻ってもいい頃だぞ。」
「なんだ、俺のこと、そんな風に思ってたのか?」
「ああ、初めて会った時からな。」


―――初めて会った時―――
その言葉を聞き、守の目裏にほの明るい木の下影が甦った。訓練学校校門から続く、満開の桜並木。その下に一人で佇む、険しい表情の青年。入学生総代を務めたその人となりを見極めてやろうと、値踏み半分好奇心半分で近づいた。
それから十年余の時間を経て。
真田は守の苦しみを我が事のように思いやり、支えようとしてくれている。得難い友の視線を受け止めかすかに頷くと、守は玄関へ歩を進めた。


少し早めに官舎を出たのは、サーシャのいる医療施設に寄る為だったらしい。防衛軍本部の迎えを断ってわざわざ真田が送り届けることにしたのは、なるほどこういう訳だったのかと、守はその計らいに感謝しながら、嬉しそうに抱きついてくるサーシャの柔らかい頬に自分の頬を擦りよせた。たった三日離れていただけなのに、切なさで身を絞られるようだ。
施設の長は、月で会ったことのあるコー医師だった。
「……どうか、サーシャをよろしくお願いいたします。」
守が頭を下げると、コー医師は手を振って笑った。
「いやいや、サーシャちゃんはいい子にしているよ。お父さんから引き離して、こちらこそ申し訳ない。ここには月面経験者が多いからね、地球外の環境で育つ子供について調べるには、一番の適任だ。その点は安心してくれたまえ。と言っても、私は外科医なんで専門外だがね。」
守に甘えるサーシャの様子を、コー医師は目を細めて見つめている。確かに、真田はベストの人物を選んでくれたのだ。
「先生は、これからもずっと地球に?」
「いや、地球の復興に目処が付いて民間人の月帰還が始まったら、またあっちへ戻るつもりさ。僕はルナシティ建国に立ち会った、根っからの月面人だからね。」
既に初老の年齢にさしかかっているコー医師だったが、バイタリティに溢れる様子の彼ならば、きっと実現させるに違いない。
この地上に生きる人々―――それぞれが、自身の人生と使命を受け止め、二度の大災厄を克服しようと努めている。
自分には何ができるのだろう。守は改めてそのことを思った。


防衛軍本部の地下駐車場に車を停め、奥まった位置にある一般職員は使わないエレベータに乗った。長官執務室のあるフロアーで降り、ひとけのない廊下を進む。守は無言で先導する真田の背を追った。やがて、守衛が立つドアの近くまで来ると、真田は立ち止まり、後ろを振り向いた。
「査問委員会の申し渡しが終わったら、また迎えに来る。」
「お前が?仕事はいいのか?」
「今日はお前の送迎が仕事さ。サーシャのこともあるしな。……じゃあ。」
ふたたび前を向いて歩き出すと、真田は守衛に守の到着を告げ、入室の礼をとった。守もその後に従い、ドアをくぐる。正面に立つ藤堂長官に向き合い、挙手の礼をとる。
「地球防衛軍日本艦隊所属、ミサイル艦十七号艦長、古代守、命令により出頭しました!」


査問委員会の決定通知自体は、短時間で終わった。だが、それに伴う諸般の事情説明や、最終的には守自身の決定に委ねられた処遇の結論をいつまでに出せばいいのか等、細々とした申し渡し事項が続き、真田が迎えに来た時もまだ守は解放されていなかった。
ようやく部屋を出てきた守を、来た時と同じ経路を辿って助手席に乗せ、真田は車を発進させた。
「どこへ行きたい?」
「え?官舎に戻るんじゃないのか?」
訝る守に微笑みを浮かべながら、真田は言葉を続けた。


「俺の任務はお前を部屋へ送り届けることだが、時間の指定はないんだ。夕方にサーシャのところに寄らなきゃならんが、お前も別に異存はないだろ?それまで多少回り道するくらいの時間はある。外部との接触は制限されてるから、昼飯は車中で取ることになるけどな。」
真田の声に愉快そうな響きが混ざる。おそらくは藤堂長官の計らいなのだろう。
「三浦半島はゆっくり回れるぞ。何だったら、そのあと名古屋あたりまで足を延ばしてもいい。あそこもかなり大きな街になってる。お前、まだ復興した地球をゆっくり見たことがないだろう?」
「…墓参りをさせてくれるのか?」
実家のあった辺りは、徐々に住民が戻ってきていると進から聞いていた。また、遊星爆弾の落ちた場所に、合同の慰霊碑が建てられているということも。その慰霊碑の付近に、犠牲者の遺族のうち幸運にもあの戦いを生き延びた人々が墓を建て、進もそこに父母を偲ぶささやかな墓所を設けていたのだ。
「遅すぎて申し訳ないくらいだ。他にも詣でたい墓はあるだろうが、今日はとりあえず地球帰還と孫の報告をしてくるといい。俺も、ご相伴に与った寿司のお礼を言わせていただくよ。」
真田の思いやりに、鼻の奥がツンと痛んだ。目頭に浮かんだ涙を隠そうと、車窓に目をやる。
車はメガロポリスの外れにさしかかっていた。トラフィックチューブのターミナルに入り、西行きの高架道に乗る。街並みの向こうに、薄い緑に覆われた大地が広がっていた。


墓に飾る花や掃除用の水は、真田が既に準備してくれていた。
「春になれば、近くの農家に自家栽培品を分けてもらえるんだが。」
そっちの方が、ずっときれいな花が手に入るのにと、真田は残念そうに言った。
「第一次産業に関わる人たちの努力には、頭が下がるよ。なんだかんだ言って、食料生産をする者がいなければ、誰一人命を繋げられないんだからな。」
相変わらずの真田の持論に、守は頬を緩めた。
「生産は順調なのか?」
「ああ。農業従事者は環境改善事業も担っているが、短期間でここまで植生が回復したのは、彼らの力が大きい。」
横浜ジャンクションからは南へ進路変更する。回復が早いとは言っても、以前のような森林が復活するには、何十年何百年とかかる筈だ。高架道沿いに広がる麦畑が途切れた辺りには、灌木がまばらに生えているだけである。だが、川には水が流れ、枯れ草が覆っている土手も春には緑に覆われるだろう。
一度ならず存亡の危機に際し、いまだ恢復途上にある惑星の生命―――それらとともに、自分は今ここにいる。
「……これからが、本当の戦いなんだな。」
今は記憶の中にしかない故郷の姿を思い浮かべ、守は噛みしめるように呟いた。


父母の墓には、花と酒瓶が供えてあった。おそらく進が持参したのだろう。
(ケンカと同じくらい、宴会嫌いになってしまってたのにな)
大人たちの興が乗ってくると、ふいっと二階に上がってしまった弟の姿を思い出し、守はクスッと笑った。
(お酒なんて飲む人の気が知れないよ)
そういって睨んでいた瓶が、古代家と記された墓石の前にある。酒を酌み交わしながら父と語り合いたい事柄が、進にも出てきたのかもしれない。枯れた花を取り除き、周囲の塵を払い、花瓶に水を足し新しい花を挿してから、真田と一緒に墓石をきれいに拭き上げた。
跪いて手を合わせている間、真田は少し下がったところでじっと待ってくれていた。心中に去来する思いを余さず父母に語りかけていたのだから、かなりな時間になっていただろうが。
立ち上がった守と入れ替わりに、線香に火を付けて真田も手を合わせた。慰霊塔にも香を供えてから、二人は車に戻った。


「それで、どうだ?行きたいところは決まったか?」
言われて、守は目を閉じ、静かに自分に問うてみた。浮かんできた情景に心中で頷く。
「……訓練学校を見てみたいな。俺たちの。」
「訓練学校だって?あの、富士のか?」
真田は驚いて守の顔を見返した。
「立ち入り禁止区域か何かなのか?」
「いや、そうじゃないが………あそこには、まだ何もないんだ……」
再建された訓練学校は、メガロポリス近郊にあるとのことだった。真田が名古屋の名を挙げたことからも、そこまでの地域に見るべき復興がないことが窺える。
「それでもいい。行ってみたいんだ。ダメか?」
「そりゃ、構わないさ。わかった。不整地を通ることになるが。」
「運転を代わろうか。」
「なんだ、楽しそうだな。いや、いい、お前の運転で不整地はゴメンだよ。」
真田は苦笑しながらエンジンをスタートさせた。


放射能除去は完了していても、それがすなわち環境の回復を意味するものではないとわかってはいたが。見覚えのある稜線が見えてきたが、ところどころに建物の残骸がある他は、ただ赤茶けた大地が広がっているばかりだった。
「ここが校門か?」
「座標からいえば、そうだ。」
高度が上がってきているせいもあり、さすがに寒い。コートを手に停止した車から降りると、水分と弾力を失った砂礫が靴底でガサリと鳴った。
「この辺はまだ土壌が安定していない。この状態では、植物の定植は難しいんだ。」
未だ痛々しい傷跡を晒す、乾燥しきった大地を歩く。一歩足を踏み出すごとに砂塵が舞う。
「ここに桜並木があったなんて、今となっては想像もつかないな。」
少し歩くと、建築物の配置が脳裏に浮かんできた。本棟、教室棟、講堂、寮。思い出してみれば、確かに建物のあった場所と瓦礫の山が対応する。
他愛のない思い出話をぽつりぽつり話しながら一通り校内を歩き、二人は校門へと戻ってきた。


「ここに、桜を植えたいな。」
守は空を振り仰いで言った。上空には寒々とした冬の曇天が広がっている。
「もう一度、ここで満開の桜を見たい。苗木が手に入らないかな?」
「……手配すれば、何とかなるとは思う……同時に、この辺一帯の土壌改良が必要だが……そうだな、いずれ、ここも環境回復に着手しなければならないんだ。卒業生として植樹するか?花が咲くにはしばらくかかるだろうが。」
生真面目に考え込むこの男に、もう一度桜の樹下で逢いたい。そうすれば、変化する状況にただ流されていく自分でも、何かを取り戻せるかもしれない。ささやかだが大切な、胸を温かく照らしてくれる何かを―――


「……ずいぶん辛抱強く待っていてくれたんだな、お前。」
車の中から取りだした飲み物の容器に口を付け、喉を湿すと、守はぽつりと呟いた。査問委員会の決定事項について早く知りたかっただろうに、守が言い出すまで、真田はとうとう触れようとしなかった。
「急かしたところで、どうにもならんからな。」
近くにあった岩の埃を払い、その上に腰を下ろした。真田は車のドアに寄りかかりながら見守っている。今の自分の様子を、どんな風に解釈しているのだろう。
「処分としては、思ったほど厳しくはなかったよ。ただ、最終的な結論は、結局俺が下さなきゃならないんだ。」
手元にあった小石を掴み、放り投げる。風を切って飛んだそれが地面に落ち、乾いた音を立てる。
「下駄を預けて楽になれるかと思ったが、甘かったな。」
続けざまに、また二つ、三つと石を投げる。小さく上がった土煙が、風に流される。



整理の付かない自分の感情を脇に置いて、守は口を開いた。
「……長官によれば、こうだ。俺には、二つの選択肢が与えられる。一つは、サーシャとともに新しい名を得て生きていく道だ。サーシャはイスカンダルの末裔であることを隠し、俺とともに新しい戸籍を得る。そうして、古代守の名は親父やお袋と一緒に墓に入る。冥王星会戦での俺の責任も、負う人間がいないんだから、結局うやむやだ。」
典型的な隠蔽策である。要するに、守たち親子の存在によって面倒な事態が引き起こされるのを避ける為だろう。
イスカンダルからの帰路同行したヤマト乗組員に対しては、現在敷かれている箝口令が永続することになる。軍人ということもあり、守秘は思うより容易かもしれない。
「だが……この道を選べば、俺は……サーシャの急成長期の間も、それから先もずっと、あの子と一緒にいられる。どこかの衛星か小惑星に住んで……ひょっとしたら、急成長期後は地球に戻ってこられるかもしれない。」
こんな欺瞞含みの策にも、守にとってメリットが無いわけではないのだ。
「サーシャには、適当な履歴が用意されることになるだろう。それに、書類上隠されるとはいえ、あの子がスターシャの娘であることに変わりはない。地球の恩人の血を引く者として、相応の生活が保障されるということだ。俺は……言ってみれば、その養育者ってことになるんだろうな……まあ、どんな生活になるか、だいたい想像は付くさ。」
守は自嘲を含んだ笑みを浮かべて空を見上げ、やがて視線を落とした。


「……もう一つは?」
真田は促したが、実のところ、答の半分はわかっている筈だ。守が、彼の名を自分の身に引き受けるということだ。だが、それがいったい、どのような事態をもたらすのか―――
息を詰めて見守る真田の視線を感じながら、守はゆっくりと顔を上げた。


「冥王星会戦で艦隊司令の命令に背いた経緯については、ゆきかぜの損傷が甚大であったこと、他に残った艦が旗艦のみだったことを考慮し、司令部としては旗艦撤退の殿を務めたと判断するそうだ。何より、沖田司令自身が既にそう報告済みだったんだからな。お前もそう聞いていたんだろう?」
「ああ、確かに。」
真田は頷いた。
「俺が生き残った経緯は、ほぼ事実通りに公表されるだろう。乗組員の家族へ、報告と謝罪もできる。イスカンダルに残ったことについては、何か美談めいた脚色が加えられるかもしれんな。そうして、古代守は軍務に復帰する。」
「…妥当な結論だな。」
簡潔に意思表明した真田に対し、守はまた皮肉な笑いを口元に浮かべた。
「ところが、だ。とんでもないおまけが付いているんだよ。お前、聞いたら目を剥くぞ。」


「何だ、その『とんでもないおまけ』ってのは。」
二つ目の選択肢を聞いて安心していたのを、茶化されたような気持ちになったのだろう。真田は不機嫌そうな声を出した。
「再編される宇宙艦隊は無人艦になる公算が大きい。人材が激減してるからな。お前もそれは承知してるんだろ?で、肝心なのはここからだ。俺は、参謀職を拝命することになるだろうとさ。しかも、長官の腹づもりとしては、早いうちに俺を先任に据えたいらしい。まだまだ上の者が大勢いるのに、だ。」
「なん…だって……?」
絶句する真田に、守は複雑な笑みを投げかけた。
「長官としては、おそらく実戦経験者を上層部に置きたいんだろう。だが、先の彗星帝国戦で多くの人材を失ってしまった。そこへ、折良く旧艦隊出身の俺が戻ってきたというわけさ。」
若くはあるが、自分の戦績は評価に足るものだ―――守にも、その自負はある。そうはいっても、参謀となって司令部に入るとなると、話は別だ。そのことがわからないほど自惚れてはいない。
まして、追い出しにかかられる現司令部の抵抗は如何ばかりか。


「それに、サーシャのことがある。」
特殊な事情のあるサーシャを育てていくのは、たとえ一士官だったとしても困難を伴うだろう。片時も離れずに自分が傍にいるのが、もちろん一番望ましいのだ。
だが、今後の地球防衛を主体的に考えるならば、藤堂長官の模索する道が大きな意義を持つこともよくわかる。どれほどの抵抗に遭おうとも、持てる力のすべてを注いでその任に当たることが、再建途上の地球に戻ってきた自分の使命ではないだろうか。
「今朝、言ってたよな、お前……俺が、事を成せる男だって。俺は、何を為すべきなんだろうな。」
両親の墓に尋ねてみても、答は出なかった。今の自分の原点となったこの地なら、何かを見いだせるのではないかと思ったのだが―――
―――ここに至ってもなお、啓示は得られず、ただ吹き抜ける風に指をかじかませるばかりである。


しばしの沈黙の後、真田が穏やかに語りかけてきた。
「この際、他人の思惑は措いておけ。サーシャのことも、ひとまずは考えるな。そうすれば、基準は一つだ……そうだろう、古代?」
小石を探る手が止まった。守はまじまじと真田の顔を見つめる。
「……身勝手じゃないのか?それは。」
真田の言う「基準」。自分の中にある、原初的といってもいい欲求―――それを以て選択の根拠と為すには、あまりに他者への影響が大きすぎる。何より、それでは自ら選択することのできないサーシャに対し、父親としての責任を放棄することになりはしないか。


「サーシャのことだったら、俺にも力添えができる。…というよりも、お前の許しさえあれば、養育に関わらせてもらおうと思っているんだ。」
真田は車のドアを開け、中からモバイル端末を取りだした。
「イスカンダルの重力が、地球より幾分小さいことは知っているな?この差異が、急成長期に厄介な問題を引き起こすことがわかった。骨格、循環器系、ホルモンバランス……これがシミュレーション結果だ。見てくれ。」
モニターに表示されるデータに目を通し、表情を強張らせる守に、真田はさらに説明を続けた。
「問題解決には重力のコントロールが必要だ。だが、地球上でそれを行うのはエネルギー効率からいって難しい。最も適切な方法は、イスカンダルと同じ重力にコントロールされた地球外の施設で、あの子を育てることだ。」
「なら、尚のこと最初の選択肢を取るしかないじゃないか。」
「まあ、最後まで聞け。実はな、俺は近々小惑星イカロスの天文台に着任することになった。」
「なんだって?!」


コンピュータを閉じてボンネットに置き、ゆっくりと守に視線を戻しながら真田は言葉を続けた。
「…なぜ、俺がイカロスへ行くのか……もしお前が司令部に入ったら、いずれ知ることになるだろうが、今は言えない。だが、これはどうしても必要なことなんだ。」
(いや、いくらなんでも、ずっとそこにいるわけではないだろう。まさか、真田が)
幾多の戦いを経験し、局面を切り開いてきた真田は、防衛軍にとってもはや欠くべからざる人材であろう。小惑星の宇宙天文台などという閑職に回されるのは、何かの事情あってのことに違いなく、それがいつまでも続くとは思えない。
「イカロスには、訓練学校の最終課程も置かれる。俺も、天文台勤務と平行して訓練に携わることになるが、急成長が一段落したら、そこでサーシャにワープ航法を習得させてはどうだろう。もともとイスカンダル由来の技術だから、彼女が受け継ぐにふさわしい財産だ。追い追い、放射能除去の原理も教えたいと思う。」
イスカンダルの遺産を継承させる―――真田が、そこまでサーシャの将来を考えてくれていることに、守は驚いた。
「…お前が一緒に行ければ、一番良いんだが、どうやらそうもいかなさそうだな。サーシャと引き離すことになってしまうことは、本当に申し訳なく思う。だが、イカロスなら地球で過ごすよりも確実に彼女を守ってやれる。それに、ずっと続くわけじゃない。さっきお前も言ったとおり、急成長期さえ乗り切れば、いつかは地球に戻れる。それまで、任せてはもらえないだろうか。」
真田もまた、サーシャのために自分の出来る精一杯のことを為そうとしてくれているのだ。だが、なればこそ尚更自分は己の意志のみに拘泥するわけにはいかないのではないか。
無言の守の葛藤を察したのだろう、真田は真っ直ぐな瞳を守に注ぎながら言葉を継いだ。


「お前は一人じゃない。俺は、これからもずっとお前と同じ方を向いて生きていく。お前の弟も、その仲間達も、必ずお前とサーシャを支えてくれる。だから、古代……自分の魂に、嘘をつかせるな。」
十年前と少しも変わらない真摯さと、切実ないたわりをもって、真田が問いかけてくる。
「お前は、お前の名から逃れ続ける人生を、受け入れられるのか?」


如何なる運命をも、自らの名の下に受け入れる。真田のその言葉こそ、けっして打ち消し得ない守の望みだ。答は出たも同然だった。
手を払って立ち上がり、ゆっくりと頷く守に、真田もようやくの笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「ここに桜の苗木を植えよう。俺がイカロスに行く前に。そうして、いつかサーシャに満開の桜を見せてやろう。そうやって、生きていくんだ……古代。」
確かめるような真田の声に頷き返すと、砂礫の大地に白い花影が見えたような気がした。その向こうに、光を纏ったかのような人影も、また。 


そんな筈は無い、とわかっている。自分にとって都合の良い夢を見ようとしているだけだ、とも。
(だが、それでいいのかもしれない)
悔恨の刃を撥ねのけて前へ進むために、ささやかな幻想をよすがとするのも、人に与えられた恵みの一つなのかもしれない。
スターシャの眼差しと、その存在の証―――叶わぬと知りつつ、宇宙にもこの地上にも、自分は求めずにいられないだろう。
そうしていつの日か、自分は頭上に桜花を振り仰ぐのだ。悲しみに屈せず、為すべきことを成し遂げた、その恩寵として。


今はまだ生命の気配も感じられない大地から空を見上げた。
曇天の向こうに、いつか見た桜の枝々が差し渡されるように広がっているのを感じた。
(今度は俺たちがその樹々を育てるのか。そして、いつかは君に―――)
その景色を見せたい。
(そのために、地球を守ろう)
いつか巡り来る春、その幾度目かの情景を思い描きながら、守は訓練学校跡地を後にした。
6




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