「さよならは言わないよ」 「俺もだ」





  こちらは HN:やや矢野屋 による
  アニメの感想と二次創作小説・イラスト掲載のブログです
  「宇宙戦艦ヤマト」がメイン 他に「マイマイ新子と千年の魔法」など

2012/10/6

降りそそぐ光のように 〔古代守・真田志郎 2202年〕  二次創作小説

宇宙戦艦ヤマトの二次創作小説です。
二次創作を苦手となさる方はお読みにならないようにお願いいたします。

「新たなる旅立ち」と「ヤマトよ永遠に」との間に位置する話。
真田さんの少年時代も含め、捏造設定がヤマのようにあります……




 古代守が娘のサーシャとともに地球に帰還して、三週間になった。二人は官舎の一室から政府の用意した郊外の一軒家に移り住み、軍務復帰した守は防衛軍本部参謀を拝命して多忙な日々を送っている。
 医科学研究所に在籍する真田の旧知の医師が中心となって、サーシャの成長をサポートするためのチームが結成された。研究所内の一室が保育観察室となり、守が勤務している日中、サーシャはそこで過ごしている。医科学研究所は科学局から近いこともあり、サーシャの送迎はいつしか真田の役目となっていた。
 送迎のついでに朝晩の食事を共にし、守の帰宅が遅い日にはサーシャの面倒をみる。いずれはイカロスで親代わりに生育するのだから、早くサーシャに馴染んでもらう為にも、その方が良かろうというわけだ。
 今日も、コーヒーを含みながら真田は仲睦まじい父子の様子に目を細めていた。守は千切ったパンをサーシャの手に渡し、「あーん」をしてみせながら囓る真似をしている。


 睡眠の深さと長さが増すにつれ、サーシャは目に見えて成長していた。もしもあの時ヤマトに乗り組んでいた者が今のサーシャを見たとしても、ようやく喃語を発し始めていたあの子供だとは気付かないだろう。
「お前が来てくれるのは有り難いよ。サーシャと二人じゃ、この家は広くって。」
 ぱくりとパンに齧り付き、上下に生えた前歯で引きちぎる娘の様子を微笑んで見守りながら、ぽつりと守が洩らした。やがては、そのサーシャもいなくなるのだ。この男にもたらされる寂寥は、いかばかりだろうか。


 「今日は?」
「午前中は観測部と本部施設課、昼からは医科学研究所だ。例の装置のテストに立ち会うことになる。そろそろ医療ユニットへの組み込みに入らないといけないしな。」
「すまんな、手間を掛けさせて。」
「手間じゃないさ。久しぶりに楽しい思いをさせてもらっているよ。やっぱり俺は管理職面して座っているより、メカと格闘する方が性に合ってる。」
「そりゃ、たしかにその通りだな。」
 コーヒーカップを手に、よくわかる、といった笑顔で守は頷いた。
(お前も、本当は艦艇で宇宙に出るのが本望だろうに)
 笑みの返せない苦さを、熱い液体とともに飲み下す。守がそのポジションにいてくれることで、予想される脅威への備えがスムースに進んでいるところもあるのだ。もちろん守はその意義を十分に理解し、ために連日の深夜帰宅となっているのだが。


 口に出して確かめたことはないが―――おそらく守は、自分がイスカンダルに残ったことでヤマトがあの未知の勢力との戦いに巻き込まれ、地球に災いの種を蒔いたのだと思っている。防衛会議ではっきりとその旨を発言した者もいたという。
(古代を守ったというよりは、「スターシャに恩義を受けた地球人としてイスカンダルの危機を見過ごせない」というのが長官命令の趣旨だったんだが……)
 だが、こうして守とサーシャだけが残されてしまった今となっては、やがてもたらされるかもしれぬ災厄の原因を彼ら父子と見倣す者も出てくるだろう。
(せめて、サーシャにはそのような負い目を与えたくない)
 それが、守と真田の切なる願いだった。


 守が、ふと真田の方を見て言った。
「そういえば、訓練学校跡地の方はどうだ?」
 桜の苗木を植えようとの計画だ。旧所在地の管理をしている訓練学校に打診したところ、快く許可を出してくれた。土壌改良や苗木購入の費用はこちら持ちになるが、出せない額ではない。
「土壌改良はひととおり終わったと連絡があった。今週末には行ける。お前の都合次第だが……」
 守は少し考え込んでから答えた。
「……たぶん、日曜なら。」
(前日の夜までに仕事を一段落させておく、ってとこか)
 その表情から推し量ったことは胸に留めて、了解の意だけを伝える。
「じゃあ、重機の手配をしておくぞ。」
「ああ、頼む。」
「早めに出ればお墓参りにも行けるな。あちこち寄るからサーシャが喜ぶぞ。」
「…連れて行けるのか?」
「置いていく訳にはいかんだろ。」
 驚いた顔に苦笑で返す。届け出と警護の依頼を出さなければならないが、イカルスに向かう前に、一度くらいは思うさま戸外の空気に触れさせてやりたい。地球は彼女の父親を生み育んだ「うぶすな」なのだから。


  ――――――――――――――――――――――――――――――


 「一緒に寝てていいぞ。着いたら起こすから。」
「すまん、助かる。」
 早朝の迎えに応じて出てきた二人に声を掛けると、真田はエンジンを始動させた。軽い作動音を立てながら、エアカーがガレージを出ていく。
 夜明け前、まだ東の空に僅かな暁光すらない暗さの中だが、ヘッドライトは付けず赤外線レーダのモニタを見ながら自動操縦で丘を下っていく。
(もし監視者がいるのなら、この程度ではとても誤魔化されないだろうが……まあ、気休めに過ぎないな)
 だが、仮に監視があるとしても、おそらくネタ漁りのゴシップライターくらいだろう。守の家の周囲は24時間態勢の警備システムに守られ、立ち入る者があればすぐに警報が鳴るようになっている。サーシャは今の地球にとって非常にデリケートな存在なのだ。
 丘を下りきり、幹線道路に向かう道に合流するところで、ようやくライトを点灯させた。後方で同じようにライトを付けた車があるのを確認して頷くと、真田は三浦半島へ向かうルートをナビに打ち込んだ。


 早朝の、他に誰も墓参客のいない墓地でサーシャを伴って手を合わせる。冬のこと故、あまり長く車の外にはいられなかったが、守親子の会話と表情を見ると、二人が一緒にいられる間に来られてよかったと思う。
「ほら、サーシャ、ここにお前のお祖父ちゃんとお祖母ちゃん、それにご先祖様がいるんだ。」
 遊星爆弾で破壊され尽くしたこの地に、遺骨や遺品があるわけでもない。それでも、手を合わせ語りかける対象があるのは幸いなことだと、二人を見ているとそう思えてならなかった。
「たーたん。おじーぱ。おばーぱ。」
「ん?そうだ、お祖父ちゃんと、お祖母ちゃん。」
 守の袖を引き、目を丸くして何やらさかんに語りかけている娘に、目を細めて答える父。
 手を合わせる二人の後ろで真田もそっと黙祷し、入れ替わりに跪いて香をあげた。


 「重機って、これか?」
 整地され、保護用のドームに包まれた内部に入ると、そこには小型の掘削機が一台と二十数本の苗木がまとめて置かれていた。
「すごいな、本格的な土木工事みたいだ。」
 呑気な守の言葉に苦笑する。
「実際、ちょっとした土木工事なんだぞ。土壌改良はドーム外まで広範囲にやってもらってる。後で種子ボールも蒔いておこう。じゃ、サーシャをしっかり見ててくれよ。」
 そう言うと掘削機の運転席に座り、スターターを押した。訓練学校の並木道よりはスケールダウンせざるを得なかったが、できるだけ過去の姿を再現できるよう杭を打ってもらった箇所に、パワーショベルで穴を掘っていく。守はサーシャとともに、その穴の傍に一本一本苗木を運んでくる。


 ひととおり穴を掘り終えると、真田は守達のところへ行き、一緒に苗木の根元に土を被せていった。
「水はどうするんだ?」
「このドームは、苗木が定着するまではここに設置しておくんだが……あそこの管理システムの奥に、雨水を溜められるタンクが付いてる。そこからスプリンクラーを引いて、定期的に撒くようプログラミングしてから帰る。電源用には太陽光パネルを設置してある。ここまで電線を引っ張ってくるよりは手間が掛からなかったからな。」
「……一大事業だな。」
「そうだぞ。地球緑化ってのは一大事業なんだ。それに、しょっちゅう手を入れにこられる訳じゃないからな。」
 額や首筋に浮かんできた汗をタオルで拭いながら笑いかける。サーシャは小さなじょうろを抱え、二人が土を被せた根元にちょろちょろと注いでいく。
「桜の木さんが喜んでるぞ。お水を飲ませてくれてありがとう、って。」
 守の言葉に、サーシャは嬉しそうににっこりと笑った。


 とはいえ、サーシャのじょうろだけではとても足りないので、バケツに水を汲むと二人で手分けして撒いて回った。そこまでやったところで正午をだいぶ過ぎてしまったので、スプリンクラーの設置は昼食後ということにして、軍手を脱いで車に積んでいた弁当を出してくる。
「ピクニックだな。」
 靴を脱がされて敷物の上に座らされると、サーシャは歓声を上げた。日差しが降り注ぐドーム内は、冬を忘れるかのようにぽかぽかと暖かい。出来合いの弁当と水筒のお茶というささやかな食事ではあっても、たしかにこれはピクニックだった。
 他愛のない会話を交わし、和やかに弁当をつつく。だが、腹がくちくなったサーシャは守の膝の上に座ったままこくり、こくりとなりはじめ、やがて父の腕に頭を預けてスヤスヤと寝入ってしまった。
「参ったな……」
「起こしたら可哀想だぞ。お前はそのまま座っていろよ。スプリンクラーは俺が設置してくる。」
「すまん。」
「構わんさ。俺の専門分野だしな。」
 申し訳なさそうな守に笑みを返しながら手を振って、真田は立ち上がった。


  ――――――――――――――――――――――――――――――


 三人の乗った車がメガロポリスに戻ってきたのは、日没の少し前だった。
「疲れたろ。」
「ほとんどお前がやってくれたのに、そんなこと言ったら罰が当たるよ。」
 食後しばらくしてサーシャは目を覚ましたが、その頃には真田が出際良く設置を完了させていた。
 後部座席で苦笑する守の胸元から、コールの音が鳴り響く。
「……呼び出しか?」
 端末の表示を確認する守が、眉を顰めている。
「ああ、あまり長くは掛からないと思うが……すまん、サーシャを頼めるか?」
「わかった。晩飯の準備をしておく。本部で降ろしたらいいか?」
「頼む。」
 言葉少なに考え込む守を防衛本部に送り届ける。サーシャは降車する守を見てむずがったが、食料品店へ連れて行くと、色とりどりの食材や鮮やかなパッケージにすっかり目を奪われ、はしゃいだ。



 「ん?持ってくれるのか?」
 サーシャを抱きかかえてシートから下ろし、そのまま家の中に連れて行こうとしたが、サーシャは車内の荷物を指さして頻りに訴える。
「あとで取りに来ようと思ったんだが……じゃあ、サーシャ、これを持っていってくれるかい?」
 買い物袋の中から葱を抜き出して小さな手に持たせると、サーシャは嬉しそうに笑いながら胸に抱えた。
「ギュってしちゃダメだ、やさしく持てるかい?そう。」
 折れそうな葱を見て苦笑しながら、胸に押し当てた手を取ってそっと浮かせると、サーシャも神妙な顔つきになる。
「たったん。あーて。」
「こっちは重たいから、たったんが持つよ。サーシャはこれを。」
 真田は買い物袋のポケットから小さな手提げビニールを取り出し、うどん玉を一つだけ入れて渡した。それで満足したらしく、サーシャはガレージ脇のドアに向かって真田の前をトコトコと歩いていった。


 上着を脱ぎエプロンを付けて手早く野菜を洗い、材料の下拵えをする。サーシャには白菜を剥く等の作業をさせ、刃物を扱う段になると子供用の椅子に座らせて玩具の包丁を与えた。
「そうそう、上手だな。」
 真田が包丁を下ろすのに合わせ、サーシャもタン、タンと大根を切っていく。とはいえ、そちらは布製の縫いぐるみをマジックテープで接着した、ままごと用の野菜だが。
 電熱スキレットに入れた出し汁が煮立ち、そろそろ野菜を入れようかと考えた時、玄関の方から声がした。


 「たーたん!」
「ただいま。お利口さんにしてたか?」
 歓声を上げて玄関に駆けていったサーシャを抱きかかえて、守がキッチンへ入ってきた。
「終わったのか?」
「ああ、あとは明日以降に何とかするさ。鍋か?いい匂いだな。」
 頬擦りするサーシャの髪を撫で、くつろいだ表情を浮かべた守に、先ほどのような懸案の陰りは見えない。真田も幾分かホッとした気持ちになる。
「何か手伝おうか?」
「じゃあ、サーシャの野菜用に鍋を持ってきてやってくれ。そのままだと縫いぐるみをこっちに入れると言い出すからな。」
 一瞬、守は面食らったように目をパチパチさせたが、すぐに真田の意図を読んで破顔微笑した。
「了解。」
 楽しそうにままごとに興じる父子を、目を細めて端で見ながら、真田は大根と白菜を電熱スキレットに滑り込ませていった。


 「サーシャ、喜んでいたな。」
「また一緒に出掛けられるといいんだけど、な……」
 はしゃいだ分興奮して寝付けないかもしれないと思ったが、疲れが出てしまったらしく、サーシャは風呂から上がったらすぐに寝入ってしまった。守はサーシャの部屋から絵本を手にダイニングへ戻ってきた。
「それ、読んでやったのか。」
 表紙には、写実的だがどこか暖かみのあるタッチで、車椅子の少女に寄り添う大型犬が描かれている。
「うん。介助犬なんて見たことないだろうけど、わんわ、わんわって楽しそうに読んでたよ。」
 その本は、玩具と一緒に保育士が選別して用意した他の絵本とは違い、真田が自分の蔵書の中から持ってきたものだった。
「絵本なんて持ってたんだな、お前。やっぱり絵が気に入ったのか?」
「ん……それもあるが、俺も昔、介助犬の世話になってたんだよ。」
「昔って、義肢装着したての頃か?」
「ああ。」


 介助犬の名はクーリといった。
 クーリの役割は主に床にあるものを拾ってくることだったが、階段の昇降やドアの開閉も手伝ってくれた。
 滑らかな黄金の毛並み。湿った鼻面と規則的な呼吸音。ほとんど吠えることのなかった穏やかなクーリは、真田の元に来た時にはもう老犬といっていい歳だった。
「12歳になる頃には介助の必要がなくなったんだが、離れがたくてな。ずっと一緒に生活していた。」
「今は…もう、いないんだよな。」
「ああ、訓練学校に入る前に亡くなった。最期は親父が看取ってくれたよ。」
 守と出会うよりも、さらに昔の日々。今日は思いがけず過去へと思いを馳せるものだ。クーリの温かく湿った息遣いを思い起こし、真田はそっと目を閉じた。


 真田がリハビリを終え大学に入学した後、しばらくしてクーリは寿命を迎えた。死期の迫ったクーリを家に残し、容態が変化したらすぐに帰ってくるようにしていたが、父から連絡を受けた真田が家に戻ったのは、すでにクーリが息を引き取ったあとだった。
 男二人だったからか、涙を流すこともなく、冷たい葬送のような気がしてひどくクーリに済まない思いがした。ペット霊園から戻ってきた後、一人になってようやく少しだけ泣くことができたが、その涙すらわざとらしい言い訳に思えて、申し訳なさはその後もしばらく真田に付きまとっていた。だが、そうしてクーリのことを思い出すたび、あの温かい背中と湿った鼻面がそれでも自分を許してくれているような気がして、いつしか真田はクーリを思い出の中へ還らせることができたのだ。


 クーリを看取ってくれた父も、とうに亡い。地下都市に移住した頃には病の床に就き、ヤマトがイスカンダルへ旅立った直後に病院で亡くなった。太陽系離脱の際の通信でそれを知らされ、地球に帰還した時には、親戚の手で埋葬もすべて済んだあとだった。
(考えてみれば、俺は、親しい者の臨終にほとんど立ち会っていないんだな……親父、クーリ、俺が幼児の頃に亡くなった母さん……姉さんは、あの時、もう息が無かったんだろうか……)
 本の表紙に目を落として、守が不思議そうに言った。
「お前の親父さん、なんで犬を頼んだんだろうな。人間やロボットの方が行き届くのに。犬が悪いって訳じゃないが、普通、子供の介助は細かい配慮のできる人間がするものだし、ロボットだって今は人間と遜色ない介助が可能だろ。」
 守の与えてくれた疑問に意識を向けて、胸の痛みから気を逸らす。
(……そういえば、なぜだろう?)
「療法士か医者の発案だったのか?」
「いや、犬を頼んだのはたぶん親父だったと思う。病院のスタッフは驚いていたよ、そういえば。」


 もちろん、介助犬や盲導犬などの補助犬受け入れに関しては、設備もスタッフの対応も何ら問題はなかったし、拒否される場面があったわけでもなかったが、それでも11歳の少年の介助に犬を付けるというのが一般的でないことは窺えた。当時は真田自身がリハビリに打ち込むあまり、意識に上せておく余裕がなかったのだろう。
「お父さん、か。」
 守の中に、何か腑に落ちるものがあったらしい。訝しげな表情が消え、思慮深く落ち着いた光がその瞳に湛えられていた。
「……俺の勝手な推測に過ぎないんだが…、何となく、お前のお父さんの気持ちがわかるよ。」
「どういうことだ?」
 今度は真田が訝しがる番だった。肉親の自分にもよくわからないことを、当時の事情を知らない守がどのように推察しているというのか。


 「突然の事故で障害を負った子供が、否応なしにその現実を受け入れさせられるってのは、ひどく残酷なことだ。でも、お前のことだから、親父さんにも当たったり喚いたりせずに黙々とリハビリに励んでいたんだろ?」
 守の分析は、当時の真田の状態を的確に把握していた。見透かされているようで、何となく面白くない。
「なんでわかるんだ?」
「そりゃあ、な。付き合いも長いし、だいだい想像つくさ。それでだ、餌やりとかブラッシングとか散歩とか、お前、そういう世話を自分のできる範囲でやるように親父さんに言われてなかったか?」
「……言われてた……」
 こうなると、腹立たしさすら引っ込んでしまう。守の推察はなぜこうも的を射ているのだろうか。


 「お前は、肉親と手足と……それに、将来の夢を一度に奪われてしまったんだよな。だから、お前のために何ができるか、親父さんは懸命に考えたに違いない。」
「親父が……?そうかな……姉さんの死はショックだったろうが、俺には、そんなに気持ちを向けてもらった実感はなかったな。」
「バカ言うな、自分の子供が苦しんでるのに、なんとかしてやりたいと思わない親なんていないぞ。少しでも傷が癒せるように……自分にできることは何だって、やってやりたかったに違いないんだ。」
 今度は真田がハッとする番だった。子供の傷を癒そうと懸命な父親とは、まさに今の守のことではないか。
「だけどお前は、怒りも甘えもしないで、一人で自分の障害と戦おうとしている。そういう時に、大人やロボットにあれこれ世話を焼かれるのは、逆に子供にとって心理的な負担になると考えたんじゃないかな。自分は一方的にケアを受ける、無力な存在だ、って。一般的な子供が、というよりは、お前がそう考えがちなんじゃないか、ってことなんだが。」


 父は、そこまで自分を理解し、いたわってくれていたのだろうか……真田が覚えているのは、厳めしく取り付くしまもないといった横顔ばかりだ。滅多に笑うこともなく、稀に視線を向けたかと思うと「お前の好きにすればいい」と、意志疎通を諦めたかのような言葉を投げる。
(俺の知ってる親父は、いつもそんな調子だった)
 もちろん、愛情の全てを疑うわけではないが、それほど細やかに子供を思う男だったとは、どうも思い難い。
 だが、守は確信に満ちた調子で続ける。
「不器用で頑固な息子が苦しんでいるんだ…なんとかしてやりたいよな。だからきっと。」
 自分を、クーリに会わせてくれたというのか。
「男親って、そういうもんなんだろうな。自分じゃ届かないところとか、できないこととかをよくわかっていて、それを誰かに託そうとするんだ。それで、一生懸命その条件を整えることで、自分の役目を果たそうとするんじゃないかな。」
「親父が……?」
 記憶の中に残っている父の姿が、今、目の前にいる守と二重写しになった。


  ――――――――――――――――――――――――――――――


 その犬は、まるで金色の光を纏っているかのようだった。ふさふさとした毛並みは綺麗に梳かれ、お座りをしながら細かいフリンジを下げたような尻尾でパタパタと床を打っている。訓練士の合図で、犬は車椅子に座った真田に近付き、ペロリと義手の指先を舐めた。


 「介助犬は人間と違って『してあげる義務がある』なんて思ってはくれないぞ。クーリはお前と遊んでいるつもりで、お前が喜ぶから手伝ってくれるんだ。だから、お前もクーリから信頼され、好かれるように努力しなければな。」
「ゴールデンはもともと優しい気質ですし、クーリはすでに介助犬として仕事をしてきてますから、そんなに気負わなくても大丈夫ですよ。ただ、言葉はしっかり掛けてやってくださいね。」
 そっけないくらいの父の言葉を引き取り、訓練士は真田に笑顔を向けた。
「それじゃ、お子さんのお部屋にクーリの寝床を運びますね。」
「……一緒の部屋で寝るんですか?」
 思わず戸惑いの声を上げてしまった。入院時を除いて、これまでずっと、誰かと一室で寝ることなどなかったのに。
「そうですよ、でないと介助できないでしょう?」
 それでいいんですよね?といった様子で訓練士は父を見、父もそれに頷く。手足を失ったのだから当然といえば当然なのだが―――自分の生活が根底から変わってしまうことを真田は感じた。


 クーリがやってきてから、真田の生活はたしかに一変した。食事や勉強といった日常生活のすべてがクーリとともに過ごす時間となっていったのだ。
 顔合わせの翌朝から、ベッドの脇には日溜まりのようなクーリの姿があった。しばしの逡巡の後、父や訓練士の言葉を思い出して声を掛ける。
「…おはよう、クーリ。」
 真田に鼻面を寄せて嬉しそうに尻尾を振るその頭を、ぎこちなく撫でてやる。新しい自分の指が充分に優しく動くことができたか不安だったが、クーリはその不安を打ち消すかのように舐め返してくれた。


 事故の後は通信制に籍を移しており、授業のために学校へ通う必要はない。外出するのは、治療とリハビリ、それにクーリの散歩の時だけだ。
「テイクシューズ、クーリ。」
 クーリは玄関へ跳んでいってローファーを一つ、また一つと持ってきた。
「グッドボーイ。ありがとう。」
 今のところはまだ「形があるだけ」の物に過ぎない足にそれを履き、車椅子を操って玄関を出る。


 この頃の真田は手のフィッティングが終了し、車椅子での移動が可能になっていた。歩行訓練を経て自由な行動が可能になれば、介助の手を借りることもなくなる。真田がクーリを必要とする期間はごく短いものだったが、クーリ自身もすでに六歳になっており、ある意味では「余生」を過ごしにやってきたと言えなくもなかった。
(前のパートナーはどうしたのかな)
 何となく尋ねるのが憚られて確認してはいないが、おそらく死別したのだろう。この犬も、永の別れを経て自分と出会ったのだ。


 順調に適合プロセスを消化していく義手とは対照的に、義足の歩行訓練は遅々として進まなかった。
(自分でこの足を選んだのに、なんで怖がってなんかいるんだよ!)
 己の不甲斐なさに腹の底が苦くなる。だが、接合部に体重を掛けてしまうことへの本能的な恐怖は拭いがたい。車椅子からバーへと自分の身を移動させる。錯覚に過ぎないことはわかっていても、骨が、筋肉が、自重でミシリと押し潰されているような気がして一瞬総毛立つ。
(痛くなんか無い!ほら、義足はちゃんと僕を支えてくれている)
 だが、次の一歩では?その次の数歩では?
 どこかで身体を支えきれなくなるのではないかという恐ろしい予感を振り払いつつ、理学療法士に促されてバーに預けた身を起こし、また一歩、二歩と進む。
 バランスをとるのが精いっぱいの訓練は30分と続かないのに、額や背中にはぐっしょりと汗をかいている。そんな日々が続いていた。


 ある時。
 訓練が進んだ時に使えるようにと設置された自宅廊下の手すりを見ているうちに、自分への苛立ちが湧いてきた。
(車椅子だって、この手すりだって、僕がちゃんと義肢を扱えるようになれば必要なくなるんだ。もっと早くに歩けるはずだったのに……)
 だが、そうではないと嗤う自分がいる。
(違う、本当は歩けるんだ。怖がって前に進めないだけなんだ)
 たとえ歩けないままだとしても、その生活を受け入れることも大切だと周囲は言う。車椅子や歩行補助機を使っても、自分なりの人生を歩んでいくことは可能であると。
 だが、真田が密かに思い定めている生き方にその可能性はない。健常者並み、いや、一般よりも高度な身体能力を発揮できなければ、彼の目的は果たされないのだ。
(それなのに、こんな段階で躓いて先に進めないなんて……)


 腹立ちのあまり、手すりを掴んで力任せに車椅子から身を引き剥がした。そのまま右、左と足を進める。
(そら見ろ!立てるじゃないか。歩くことだって……)
 手すりから左手を離し、思い切って右も離す。ふらり、ふらりと上体を揺らしながら、歯を食いしばって足の動作に集中する。
(ほら、歩ける。僕は歩けるんだ)
 高くなった視界に戸惑う神経を宥めすかし、我知らず詰めていた息を吐く。
(でも、歩けるだけじゃダメだ、厳しい訓練に耐えられるように身体を鍛えなきゃいけないんだ、それなのに……)
「あ!」
 意識が逸れてしまったのか、左右の膝の動きにズレが生じた。運びきれなかった上体が傾ぎ、斜め後ろへと流れる。
(倒れる!)
 手すりを掴み損ねた右手が宙を泳ぎ、そのまま床に叩きつけられるかと思ったその時―――


 ―――温かい金色の毛並みをたたえた背中が、脇の下に滑り込んできた。これもリハビリの成果だろうか、呼吸とともに上下するその背中を、右手がしっかりと掴んでいる。
「あ……ありがとう、グッドボーイ、クーリ。」
 置き去りにされた車椅子の脇にいたクーリが、跳ぶように駆けてきて真田と床の間にその身を置いたのだ。黄金の犬は茶色の眼でじっと真田を見つめ、嬉しそうに尻尾を振っている。
 鼻の奥が、ツンとした。
(クーリが……僕を支えてくれた)
 左手で手すりを掴み、右手はクーリの背に回したままで、折った膝を恐る恐る伸ばしていく。立ち上がった真田にピタリと寄り添い、クーリは小さく鼻を鳴らす。「そのまま手を置いていていいですよ」というように。
「一緒に……歩いてくれる?」
 クーリはさかんに尻尾を振って返答した。


 それからは、リハビリの時にも常にクーリが右横に居た。翌日には左手がバーから離れ、右手もいつしかクーリの背を離れてリードを握るだけになり、車椅子を置いて散歩に出掛けるようになってから、クーリとともに駆け出すまでの時間はごく僅かなものだった。
(クーリは、僕を助けてくれるんだ。きっと、何度転んでも、こうやって……)
 あの瞬間に真田の心に芽生え、培われてきた信頼感とともに、ふたりは季節の中を走り抜けた。


 さすがに若い犬ほどの運動量はないが、フリスビーや小枝を投げて遊んでやると、クーリは喜んで拾ってくる。銜えた木の枝を、クーリの顎を痛めないよう細心の注意で力加減をしてこじ開けると、またそれを高く放り投げる。力強く大地を蹴る黄金の四肢、光の結晶をまき散らしながら跳ねとんでいくその姿は、見ている真田の心までも高揚させていく。


 もしも今、自分が絵を描くならば―――クーリのこの姿をこそ、カンバスに写し取りたいと願うだろう。
 世界に祝福され、また自身もあらゆる存在に祝福を与えているかのような、命の讃歌そのものの美しい犬。絵筆を手に取った時から画題として惹かれてきた風景の中に、この犬の美質を全て描き留めてみたい。人を信じ、世界を愛し、真田の視界を輝きで満たすこの犬の美を。
 もしも、自分に、絵を描くことが許されているならば―――


 (だけど、そんな風に考えてしまうのは……今、僕に絵を描くことが許されていないからなんだ)
 失われた夢だからこそ、その美しさがこんなにも胸を打つのだと―――真田はすでに知っている。
 今、自分が生きねばならない場所は、カンバスの前ではない。
(僕は、クーリと走らなきゃいけない。クーリみたいに綺麗な姿ではいられないけど。どんなに無様でも情けなくても、僕は走っていかなきゃいけない。だけど、僕は今こうやって走れるのが嬉しい。クーリが、一緒に走ってくれるんだから)


  ――――――――――――――――――――――――――――――


 「真田?」
 穏やかな呼びかけに、真田はハッとして守の顔へ焦点を戻した。
 ここ何年も、これほど鮮明にクーリのことを思い出すことはなかった。あんなに大切だった情景を、自分は記憶から失いかけていたのだろうか……
(いや、無くしてはいない、俺はあんなにはっきりとクーリの姿を思い描くことが出来たじゃないか)
 いついかなるときも自分に寄り添い、誰よりもあの頃の自分に信頼と友愛を注いでくれたクーリのことを、忘れるはずもない。
(それなのに、俺はクーリを寂しさの中で死なせてしまった。そのクーリを、親父は看取ってくれて……いや、そもそも俺とクーリを会わせてくれたのは親父だったんだ……)


 訝しむでも、促すでもなく、ただじっと自分を見守ってくれている瞳に向かって、真田はぽつりぽつりと言葉を返し始めた。
「俺を助けてくれた介助犬は……クーリという名前だった。」
 この名を口に上せたのは、いったい何年ぶりだろう。信じられないほど長い時間、自分はクーリの存在を誰とも分かち合うことがなかったのだ。申し訳なさに胸が締めつけられる。
「俺は、クーリが……何度転んでも、躓いても、必ず助けてくれると信じていた。そうして、本当にクーリはいつでも俺を助けてくれたんだ。」


 「事故の後、学校は通信制に変わっていた。卒業までには適合が終わっていたので、大学は全日制に行ったが、同級生とは歳が全然違うし、友達を作るような場所じゃなかった。だから、訓練学校に進むまで……俺の友達といえるのは、クーリだけだったんだ。」
 そうだ―――目の前にいる、この男と出会う歳になるまでは。
「クーリは、俺にたくさんのものをくれた。転んだ時に受け止めるだけじゃなくて。階段を上る時に背を貸してくれるだけじゃなくて。……親父は、そのことをわかって……俺を、クーリに会わせてくれたのかな……」
「そりゃ、そうさ。親父さんは、わかっていたんだよ。」
 請け合う言葉は力強く、染み入るように真田の胸を満たしていく。
「……敵わないな。」
 父が。クーリが。与えてくれていた思いの深さに打たれ、真田は組み合わせた指の上に額を載せて瞑目した。


 心からの信頼を置くことのできる相手との出会い。偶然の邂逅だと思っていたそれは、クーリが、そしてクーリに会わせてくれた父が、予め準備してくれていたのかもしれない。
「父親ってのは、そんなに、大きな―――」
 それから先は、とても言葉にならなかった。
 任務のためとはいえ、その父もまた、自分は孤独に死なせてしまったのだ。イスカンダルへ向かう旅の途中、冥王星を過ぎた頃に。
(父さん、俺は―――あなたに与えられたものの大切さにも気付かず、あなたに何ひとつ感謝の言葉も述べずに、あなたの思いから離れていくばかりで―――)
 父は、自分に何を願っていたのだろう。何のために、自分を守り育てようとしたのだろう。


 組んだ指を解いて額をぐっと掴み、そのまま押さえる。そうでもしないと、遣る瀬無い悔恨が溢れ出してしまいそうだ。
「不肖の息子もいいところだ、俺は。今頃親父の思いに気付いたって、何にも返せやしない。」
「……返さなくたって、いいんじゃないかな。親子なんだから。」
「だが、それじゃあ……あんまり、親父が……」
「気の毒だと思うか?」
 あまりに不遜で口に出しかねていた思いを言い当てられ、真田は思わず顔を上げて守を見つめた。


 「お前は、そう思うんだな。」
「……なんで……」
「見てりゃわかるよ。」
 苦笑しながら、守もまた真田を覗き込んできた。
「なあ、親父さんがなぜクーリを連れてきたのか、考えてみろよ。」
「………お前は、わかるのか?」
「わかるさ。俺も、こないだお前に言ってもらったばかりだからな。」
 目を見張る真田に、守の笑みはどんどん大きくなっていく。
「ホントにお前、自分のことはわからないんだなあ。―――親父さんの望みは、お前が自分自身の人生を生きること、だったんじゃないのか?」


 「お前が、自分の手で掴み、自分の足で歩んでいけるように……そのためには、介助者や介助ロボットでなくて、『友達』が必要だってわかってたんだよ。放っておいたら、絶対自分からは友達を作ろうとしなかっただろうからな、お前。」
 背筋をびりっと奔るものがあった。
「お前が自分の人生を生きるために一番必要なのは『友達』だって、親父さんにはわかっていたんだよ。」
 守の真摯な心が、その眼差しから伝わる。
「お前は、親父さんの願いを叶えてる。だから、全然気の毒なんかじゃないさ。」


 震える喉から、ゆっくりと息を吐く。
「本当に、かなわないな……」
 父に。クーリに。
 本当に、彼らの存在はなんと大きいことだろう。自分を包み、支え、それなしで自分はここにいることすらできなかったのだ。


 「すまん、片付けが途中だった。」
 こみ上げてくるものを感じて、慌てて立ち上がった真田の後ろから、守が声をかけてきた。
「洗い終わったら、酒、付き合えよ。サーシャ、本当に喜んでた。お前のお陰だ。ありがとう。」
「車で来たんだぞ?」
「タクシー呼べばいいさ。客用の布団もあるし、泊まっていってもいいぞ。お前も疲れただろうから。」
 冷蔵庫を開けて何やら肴を探しているらしい守の、さり気ない気遣いに感謝しながら、真田は水音に紛れるようにゆっくりと深い息をついた。







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